キバネズ/ドーナツが甘すぎる
タイトルはCock Ro:bin様からお借りしました。


 甘いドーナツは口に合わない。ネズはずっとそう思っていた。

 滑らかで柔らかな甘味と、ミルクティーがよく合うんだよ。マリィに勧められたが、申し訳ないけどもと、断る。スコーンよりも柔らかく、油の濃い、チョコレートがかけられたそれを、遠くから眺めていた。
 美味しいのに。マリィはそう言いながら、モルペコとドーナツを頬張る。膨れた頬が愛らしい、とは思う。美味しそうとは思わなかった。

 そして今、ネズの前にはカラフルなドーナツが並んでいた。チョコレートがミルクチョコレート、ホワイトに、ラズベリー。いちごジャムのレイズドと、あまいミツのレイズドは大層甘いことだろう。
「じゃあ、ネズはどれにする?」
「……嫌がらせですか?」
「純粋なる好意だから」
 ドーナツ、美味しいのに。そう、キバナは言う。
「おれは苦手なものがあるぐらいで丁度いいんです」
「オレさまはドーナツを美味しく食べるネズがみたいな」
「無茶振りでは?」
 まあ、初心者にはこっちかな。そう言われて、奥から出されたのは砂糖がまぶされた小さな丸いドーナツだった。

 明らかに手作りのそれに、ぽかんとネズは口を開けた。
「作ったんですか」
 いつ、どうやって。ネズが来る前にちゃちゃっと揚げたんだ。キバナはにぱっと笑う。
「タネはそれより前に作っておいたから!」
「揚げるだけでも、大変でしょう……」
 揚げ物は手間がかかる。自炊をするネズはよく分かっていた。それでもと、キバナは言った。
「ネズに食べてほしかったからさ」
「そもそも、おれが苦手だと分かっていてのことですよね?」
「うん。なんかさ、好きな人が自分の手で苦手を克服したら、嬉しくない?」
「……マリィのように?」
「いや、妹ちゃんの好き嫌いは知らないけど。でも、多分おんなじ」
 さあ、食べてみて。そう笑うキバナの顔に、ネズは少しならと、小さなドーナツを手にした。薄赤い口を開き、ぱくりと食べる。そして、目を丸くした。

 サクサクとしたやや固い外側に、中身はホクホクとした食感。油の濃さは感じられず、砂糖のじゃりじゃりとした歯ざわりが心地良い。

「おいしい?」
 その笑顔に素直な感想を言うのはシャクだが、とても美味しかったのは確かだった。
「初めて、食べられるドーナツに出会いました」
 皮肉が過ぎただろうか。そろりとキバナを見上げると、キバナは嬉しそうにへらりと笑った。
「それは良かった」
 それじゃあ、順番に食べていこう。もちろん、スマホロトムに写真も撮ってもらおう。そんなキバナは楽しそうで、ネズは拍子抜けしてしまった。
「ええ、順番に」
 そう応えたネズの表情もまた柔らかかったが、キバナはそれをひと目見ただけで、もう大丈夫だと分かったらしかった。

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