キバネズ/サイレント2/アローラ旅です/まだつづきます


 夕暮れになる前にメレメレの花園から出る。すうすうと、音もなく寝ていたネズを起こすのは心が痛かったが、冷える前に起こすべきだろう。
 メレメレの花園を出ると、崖が近い。びゅうるりと風が吹いて、おっととネズがふらついた。眠いのかと問えば、まあそうですが行きましょうとネズは歩き出した。

 ジュラルドンとタチフサグマだけを出したまま、崖沿いの道を通り、リリィタウンの横を通り、ハウオリシティに辿り着く。その頃には夕暮れ時だった。
 レストランの予約にはまだ時間がある。近くの土産物の店を覗くと、小さな木彫のペンダントが見えた。あれいいな。そう思うものの、土産物は最終日に買いましょうと念を押されてしまった。

 ぱたぱた、軽い足音が後ろを駆けていく。なんだろうと振り返ると、子どもたちの姿が見えた。店主の女性が、スクールの帰る時間だよと教えてくれた。
「ハウオリシティにスクールがあるんだな」
「比較的大きな街らしいですし、あっても不思議ではないですね」
「その通りです」
「へ?」
「お?」
 キバナとネズが知らない声にくるりと振り返ると、すみませんと眉を下げた美少年がいた。浅黒い肌にピンク色の髪。特徴的な木彫の髪飾りをしていた。
「イリマといいます。スクールの、代表のようなことをしてます。お二人は観光ですか?」
「ええそうですけど……」
「もしかして、ガラル地方からですか?」
「そうだけど」
「やっぱり。見慣れないポケモンを連れていたので気になってしまって。とくに、そちらはジグザグマの最終進化系では?」
「よく知ってますね」
 ネズが若いのに立派なことだと褒めると、そんなことはないですとイリマは軽く照れた。
「専門がノーマルタイプなんです。ガラルのジグザグマの系統はあくタイプなんですよね? 初めてこの目で見ました。ぱっと見た限りだと凶悪そうですが、よく懐いていますね……すごい」
「縄張り意識が強い方ではありますね。そういえば、ガラル以外のジグザグマ系統はノーマルタイプでしたっけ」
「あの、時間があればバトルなどさせてはもらえないでしょうか?」
 どうですか。そう頼むイリマに、ネズはキバナを見上げる。時間が無いなとスマホの時間を見せた。
 その動作でイリマも分かったらしく、残念ですとまた眉を下げた。
「いつか、機会があったらぜひバトルをさせてください」
「バトルが好きなんですねえ」
「はい!」
 そこで土産屋の女性が、イリマくんは強いよと茶化す。有名人なんですかとネズが聞くと、そりゃもうスクールの王子様だものと女性は語った。イリマがそうでもないですよと、控えめに告げた。
「一応、島巡りのキャプテンの一人を任されています」
「島巡りのキャプテンというと……ジムリーダーのようなものでは?」
「はー、若いのに大変だな。それは時間があればネズとバトルしたくなるのも分かるぜ」
「あ……ネズ、というと」
 あれとイリマは首を傾げた。
「もしや、ミュージシャンの?」
「ええ、現在の本業はミュージシャンです」
「ちょっと前まではジムリーダーだったんだぜ。オレさまは現役ジムリーダーな!」
「ガラルのジムというと、エンターテインメントとしての特色が強いと聞きました。あと、シーズンがあると」
「島巡りはいつでもいいんですか」
「はい。特に期間の指定はありませんね」
 それもこれも、リーグができたので徐々に整備されていくことでしょう。イリマはそう笑ってから、それでは引き止めてしまってすみませんと去って行った。

 ネズは地方によって大分違うんですねとタチフサグマを撫でながらぼやく。一方のキバナはこっそりと木彫のペンダントを買った。


・・・


 ハウオリのレストランでディナーとなった。新鮮なガーリックシュリンプをデッキで食べる。ガーリックシュリンプ自体はアローラで定番のメニューらしい。キバナはスマホロトムに写真を撮ってもらってから食べる。強いガーリックの香りと、ぷりぷりとしたエビが美味しかった。ネズも気に入ったらしく、上機嫌に酒を少しだけ飲んでいた。


・・・


 夕食を終えると、朝出たモーテルに戻る。明るい月夜に、そういえばとキバナはぼやいた。
「アローラでは太陽と月の獣がいるらしい」
「獣、ですか」
「うん。アローラの各島の守り神とは別にいるんだってさ」
 この月も、きっと信仰の対象なのだろう。キバナは夢心地で呟く。ガラルに神はいない。いるのは英雄と王だ。アローラとは全く違う形で人々とポケモンの生活は回っている。
「レストランでも、食べる前に祈りを捧げている人が居ましたね」
 確か、カプ・コケコでしたか。そう言うネズに、そうそうとキバナは語る。
「戦の神様なんだって」
「それはまた、アローラののんびりとした風土からすると異質に思えますね」
「ほんとにな」
 そう歩いていると、ふと、崖沿いに立つ少年が見えた。

 浅黒い肌に、深いグリーンの髪。オレンジ色のズボンが揺れた。彼は空を見上げていたらしく、ふとネズとキバナに気がつくと、ひらりと手を振ってから、タタタとその場から立ち去った。

「なんだ?」
「空を見上げていたようですが……」
 あるのは幾多もの星と、それを掻き消すかのような大きな月だ。
 ネズとキバナは首を傾げつつ、もう目前となっていたモーテルに入ったのだった。

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