キバネズ/こおりのドラゴンでんせつ
※付き合ってるキバネズです。
※キバナさんの生まれ故郷を捏造しています。
※ガラルに居るはずのないポケモンの描写があります。
※推しと推しが会うと最強だと思うのです。


 傘がある。大きな傘は背の高い彼によく合っている。ネズは自分の傘を見た。彼より小さいが、使い込み、手入れを重ねたお気に入りの傘だった。
「ネズは物持ちいいよなあ」
「おまえこそ、でしょう」
 宝物庫の番人ができるぐらいに。そう告げると、それは仕事でもあるからなとキバナは苦笑した。
「上等なのを数本って感じ? かっこいいよな」
「おまえはそれきりなんですか」
「おう。雨の日は傘を広げるより、雨でのバトルの調整するもん」
 そもそも、ガラルの紳士はそうそう傘をささない。それが紳士らしさだと、ネズは伝え聞いた。自分は紳士ではないので普通に傘をさすのだが。

 そこまで考えてから、時間を見る。そろそろ夕飯の準備をする時間だった。手に持っていたマグを机に置いて、さてと、ネズはエプロンを手にした。パートナーなポケモンたちが目を輝かせるも、キッチンに入らないようにと言い聞かせているので、各自その場から動かなかった。唯一、最近潜り込んだジグザグマだけがぴょんと跳ねた。
「おまえ、夕飯食べていきます?」
「食べたい!」
「ハンバーグなんで玉ねぎ炒めてもらえます?」
「まかせろ」
 現チャンピオンが教えてくれたオリジナルのハンバーグのレシピを思い出しながら調味料や材料を揃える。ネズの家に料理中の良い香りが漂い始めた。
 マリィはチャンピオンの家に泊まるらしい。冷蔵庫を見てハンバーグだと知った彼女は、自分もハンバーグを食べると息巻いていた。作るのは料理上手のチャンピオンに任せるので、材料費は自分の賞金から出すそうだ。だが、あのチャンピオンならば、きっとマリィをうまく手伝わせることだろう。マリィとて料理が下手なわけではない。基礎はネズと両親が教えた筈だからだ。

 レトルトじゃないハンバーグなんて久しぶりだ。キバナは玉ねぎを飴色になるまで炒めながら、嬉しそうに言う。
「一人分ってなかなか作るの大変だからさあ」
「それもそうですね」
 そろそろ冷ましていいですよと言うと、分かったと火を切った。

 ネズは肉と卵と調味料を混ぜる。氷水で冷やした玉ねぎを加えて更に混ぜる。ネズは手が冷たい方なので、冷え性に困らされるものの、ハンバーグを作るには良い手だった。

 成形したハンバーグを焼いて焼きめをつけると、オーブンに入れる。年代物のガスオーブンはラテラルタウンの市場で購入を決めたものだった。よく手入れすれば機嫌良く調理してくれる良い子だ。

 つけあわせのサラダを作り、食事に出すレモン水を用意すると、手の空いたキバナが調理に使った道具を洗ってくれた。
「なんか懐かしいや」
 キバナの郷愁を帯びた声に、ネズは首を傾げた。オレさまさあ。キバナは語った。
「生まれ故郷で家族揃って暮らしてた頃は、こういうお手伝いとかしたなあって」
「おまえ、ナックル出身じゃなかったんですか?」
「違うところ。ナックルのスクールに通ってたけど。まあ、子供がナックルにスクールバスで通えるぐらいの田舎だよ」
「そうなんですか」
 おまえはずっとキラキラとした世界で生きていたのかと思っていました。そんなネズの言い方を気にすることなく、キバナは想像とは違うだろと得意そうに言った。
「これでも小さい頃は野山を駆け回ってたんだぜ」
「本の虫かと思いましたよ」
「本もたくさん読んでたけど、自然の中で過ごすのが好きだったな」
「では、何故ナックルのジムリーダーに?」
 出会ったんだ。キバナは語った。
「雪の森の奥で、傷ついたポケモンを見つけて、手当てしたんだ。そいつがドラゴンタイプだったみたいでさ。それで興味を持って、ドラゴンタイプの名門ジムの門戸を叩いたんだよ」
「へえ……その、傷ついたポケモンは何だったんです?」
 ネズの至極真っ当な疑問に、キバナはそれがなあと楽しそうに言った。
「わかんない」
「え、そうなんですか」
「オレの持ってた図鑑に載ってなかったもん。でも、妖精を怖がってたから、たぶん、ドラゴンだったんだ。でも、体は冷たかった」
 オレさまさ、知りたいんだ。彼は言う。
「いつかあのポケモンと再会したい。そしたら、また会ったなって挨拶して、強くなったオレさまとバトルしてほしい」
 子どもみたいな願い事だろう。笑うがいい。そんな言い方だった。
 だが、ネズは笑うつもりなど少しもなかった。純粋に、真っ直ぐに、彼の善性が眩しかった。
 彼はどこにいても、キラキラと輝いているのだ。そう、確認できたような気がした。
「いつか会えるといいですね」
 そして出来れば、その時はおれも一緒に居させてはくれませんか。そんな申し出に、キバナはきょとんと驚いてから、くしゃりと顔を嬉しそうに歪めた。
「絶対、一緒に会おう!」
 夢物語なのに、それが必ず叶うような気がして、ネズは傘を思い出した。

 彼は、ネズは物持ちがいいと言う。ネズは、彼こそ物持ちがいいと思う。キバナの傘は彼の体格に見合うものだ。それだけで、苦労して手に入れた一品だと分かる。

 だから、彼こそはそのポケモンと再会するのだろう。ネズが、長いこと持っていたスパイクタウンの復興にマリィという明るい兆しが現れたように。キバナもまた、きっと夢を叶えるのだ。
「ハンバーグは出来たてを食べましょうか」
 今のうちにポケモンフーズを用意しなくては。そう言うと、キバナは任せろと胸を張ったのだった。

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