キバ←ネズ/二度目の閃光、矢落ちて弓は緩む。3/きっとつづく


「お、ダンデですか」
 ひらり、シュートシティのカフェテリアでダンデは気管支に紅茶を流しかけた。

 咽るダンデの背中を擦るのはネズだ。彼は勘違いされやすいが、基本的には人当たりが良い。ローズ元委員長という重鎮が居なくなってからは尚の事だった。
「それで、何でシュートシティにいるんだ?」
「チャンピオンにリーグ戦を頼まれたんですよ。運悪くおまえの弟に当たって負けましたけどね」
「ホップは強くなったなあ」
 流石は元チャンピオンの弟だ。しみじみと言うと、おまえがそんなことを言ってどうするんですと呆れられた。
「やっとおまえという足枷が外れたというのに」
「足枷?」
「チャンピオンの弟なんて称号、誰も好き好みませんよ」
「そうか?」
「そうですとも……まあ、おまえの弟は別でしたけど」
「やっぱりそうじゃないか」
 ダンデの軽い声に、どこか切実な響きが帯びている。いつまでも追ってきて貰えると思ったら大間違いですよ。ネズのそんな言葉に、ダンデは息を吐いた。隠していても無駄だろうと思ったまでだ。

 ネズはミルクティーにドーナツをひとつ。ダンデはストレートティーにチョコレートだ。シュートシティのカフェテリアは今日も有名人に慣れている。いちいち気にしていたら生活がままならないだろう。
「それで、その、」
「はい?」
「キバナを避けているのは本当なのか」
 薄いエメラルドグリーンがパチリと瞬きをした。そしてそのまま長く長く息を吐く。肺の中の空気を出し切ってから、また軽く吸った。
「誰から聞きましたか」
「キバナが気にしていた」
「そうでしたか」
 あの人、気がついてたんですね。しみじみとした声に、避けられれば誰でも気がつくだろうとダンデは呆れた声をかける。
 穏やかな昼溜まり、行き交う人の囁きがやけに大きかった。
「ダンデ、おれはですね」
「ん?」
「あいつに何をしたっていうんです?」
「……さあ?」
 ダンデは首を傾げる。
「そこまで詳しくは知らない」
「そうでしようとも。何もしてないんですから」
「ああそうか、避けているから」
「そうです。何もしてません。だから、非難される筋合いは無い」
 チョコレートたっぷりのドーナツを食む。もぐもぐと食べるネズは日の光の下、淡く輝いていた。ダンデは、この男はやけに美しくなったと思う。やはり、ストレッサーが無くなったのが要因だろうか。
「おれは、もう彼と戦いたくないんです」
「どうしてだ?」
「そうすると、また彼を知ってしまうじゃないですか」
「知ったらまずいのか」
「食あたりを起こします」
「そんなに酷いことなのか」
「少なくともおれにとってはね」
「酷いな」
「どうとでも」
 ドーナツは無くなっていた。ミルクティーを流し飲む姿を、ダンデはじいと見つめている。
「キバナは、」
「はあ」
「きみのことを気にかけていた」
 ネズは目を伏せた。ダンデはチョコレートの包装紙を丁寧に開いた。
 艷やかなチョコレートが眩しかった。
「それは優しいだけでしょう」
 違う。そう言いたいのに、ダンデは何故か口に出せなかった。否定したいのに、否定のしようがなかった。ただ、ぼんやりとしたわだかまりを抱えたまま、チョコレートを食べる。甘ったるい一粒が、どうにも座りが悪い。
「おまえが気にすることではありませんよ」
 それでは。ネズはトレーを持って去っていく。

 残されたダンデは、ふうと息を吐いた。緊張から放たれて、体が緩む。これは大変なことになった気がする。今はシュートシティの昼溜まり。ダンデは自分の立ち位置を見極めるべきだと、気がついたのだった。

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