キバネズ/ユートピア
作業用BGM→海の幽霊


 白い部屋に立つ。そこには白だけがある。ネズは空想する。
 その白い部屋には窓がほしい。太陽と月の明かりを恵んでくれる、大きな窓がほしい。手入れが面倒なくらいが丁度いい。自分は平均より背が高めだから、きっと手入れだって人より出来るはずだ。
 キッチンがほしい。のびのびと動き回れる、料理中に片付けで止まらなくていいぐらいの、広いキッチンがほしい。出来れば、大の大人が二人で並んでも平気な広さがほしい。
 二脚のイスとテーブルがほしい。イスは木製だとなおいい。テーブルには使い勝手の良い合板が適するだろう。木に拘るのは、いつからだっただろうか。スパイクタウンにはない、森という自然に焦がれた時からだろうか。
 何より、愛する人が隣にいるといい。最近は忙しくてなかなか会えそうにないから、急に予定が空いたりはしないだろうか。
 全ては空想だ。虚しいな。ネズは目を開いた。モノクロな部屋の中の、真っ白なベッドの上。朝日がカーテンの隙間から覗く。キバナに会いたい。愛するあの人に会いたい。ネズは低血圧で曖昧模糊な意識の中、ぐんと起き上がった。

 アポイントメントを取るのは大人として当然の嗜みだ。でも、取りたくなかった。自分のためだけに時間を割いてほしくなかった。彼から時間を取り上げたくなかった。ただ、一言二言、やり取りができたら良かった。それを我儘だと、強欲だと、人は言うのだろうか。それとも、控えめだと、言うのか。分からなかった。

 トンネルを通る。向こうから、人が歩いてきた。あ、と思うと、前方の彼は走っていた。
「ネズ!」
 太陽のような笑顔で、キバナがネズに駆け寄った。明るい声で、アポも入れてないのにと、語る。まるで、ポケモンがボール遊びで跳ね回るような喜び方だった。
「キバナ、ここのところ忙しかったのでは?」
「そうそう、その学会が昨日終わったんだ。だから、今日は念願のオフ!」
「おや、そうでしたか」
「ネズこそ、今日はライブだろ?」
「ええ、ですから、ひと目だけでも会えたらと」
「ひと目だけなんて言わずにさ、一緒に居ようぜ。あ、ライブの準備の邪魔はしたくないから、このトンネルを通る間だけでも……」
 興奮した様子のキバナに、ネズは、あのと、口を開いた。
「昼までなら、時間があるので、そう急がないで」
「うん、わかった」
「おまえばっかり、会いたいわけじゃねーんですよ」
 そう言うと、キバナは嬉しそうに目を蕩けさせた。その薄いブルーの目に、ネズは感嘆のため息を吐いた。ああ、キバナだ。ネズは彼の手を握った。
 まるで、空想に浮かぶ白い部屋が、完成したかのような気がした。

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