キバネズ/生きるための時間
作業用BGM→天ノ弱


 あなたが居ないからって、そんなこと言ったって、わたしは生きていけるわ。


 ネズは歌うことが好きだ。ネズは歌うことで感情を発露させる。感覚を研ぎ澄まし、届けたいオーディエンスに、狙いを定める。撃った銃弾は百発百中。必ず、相手のやわい心にヒットさせる。それを人は才能だという。ネズの歌は、才能の塊なのだという。
 果てさて、それは本当だろうか。ネズは思う。たとえばそれが本当に才能だとしたら、ネズは唯一無二の存在である。だが、ネズはそうは思わない。ネズのような人間はどこにだっているだろう。ネズは考える。例えばそう、街を歩く人々にだって、同じことはできるだろう。ネズと同じように全てをかなぐり捨てて、歌とバトルに精神を捧げれば、神だか、悪魔だか、ポケモンだかは、必ずやネズと同じ、その才能とやらを掴ませる。

 だから、ネズは信じない。己の才能など、信じられない。だから、足掻く。ある程度すれば、諦めもつく。

 マリィに才能を見出したのも、子どもたちの歩むその道の保護をしたのも、何もかも、ネズがは選ばれし唯一無二ではないからこそだ。
 ネズは確約されぬ未来を信じている。数多の可能性を信じている。だから、マリィの才能を信じた。

 もしも、もしもだよ。誰かが囁く。
「もしも、お前に天賦の才があったらどうするんだい」
 ネズは答える。
「そんなものがあったら、おれの人生は無かったも同然です」
 こうして生きているのは、非才だからだ。天才は、ネズのような生き方は出来ないだろう。少なくとも、ネズはそう思っていた。

「いや、ネズは天才だろ」
 よく言うじゃん。キバナは当たり前のように肯定した。
「あくタイプの天才だろ?」
「今はマリィのキャッチコピーでしょう」
「いいや、まだまだだ。まだ、オマエがあくタイプの天才だ」
 キバナは軽やかに言う。くたびれたリビングの中、柔らかな雪明りの中。薄暗い部屋の中。マリィと別れたその家で、キバナはネズに向き合う。
「ネズが自分は天才じゃないと信じるなら、オレさまが信じるよ」
 そうだろう。そうだろうとも。キバナはネズの、決して柔らかいばかりではない肌を撫でた。
「オレさまは神様なんて知らないし、悪魔なんて信じてないし、ポケモンはパートナーだからさ」
 そんな、才能を与えるべく存在するものたちは、知らないから。
「オレが信じてる」
 それじゃあ満足できないか。そんな笑みを含んだ言葉に、ネズはアホらしいと答えた。
「見えないものなんて信じられません」
「才能ってそういうものだろ」
「そういう意味じゃあないんですよ」
 でも、ネズはきゅっとキバナの手を握った。肌に添えられていたその手は温かかった。
「ありがとうございます」
 少しだけ、呼吸が楽になったような気がした。

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