あなたがうらやましいの
太鼓鐘貞宗+愛染国俊
蛍が沢で輝いている。
夜に水辺に近付くなんて危なくって仕方がないのに、愛染はひょいひょいと土くれを避けて歩く。
「太鼓鐘、見てみろよ!」
こんなにたくさんホタルがいる。沢で靴の底を濡らしながら、そう笑った愛染は、蛍光色しかない夜の中では曖昧な存在に見えた。
「綺麗だけどさあ、どうして来たんだ?」
そう言いながら愛染へと近付けば、それだけだと笑われた。
「綺麗だから見たかったんだ。蛍ほどじゃないけど、俺もホタルは好きだからさ」
「ふーん」
あんま信じてねえなとジト目で見られて、まあなと応えた。
「一人は静かだからさー、太鼓鐘がつきあってくれて助かったぜ!」
「愛染はいつもうるさいもんな」
「賑やかって言えよな!」
変わんないのにと言えば、悪意を感じるなんて、笑われた。自分より小さな見目の刀が笑っている姿は、どこか心がむず痒い。太鼓鐘はゆるゆると微笑んだ。普段は伊達の刀といることが多く、短刀の中に居ても背の高い刀と共にいる事が多いから、戦でもないのに小さな刀と並ぶのは不思議な心地だった。
「ホタルってすげーよな、こんなに小さいのに、ぱっぱって光るんだ」
図鑑を開けば、光る生き物は世界に案外居て、それでも、不思議なのだと愛染は言う。
「夜に迷っても、ホタルなら道を案内できるんだろうな」
その道が何処へ続くかは、ともかくとして。愛染は鮮やかに笑った。夜の中、蛍の光。朧げなのに、その笑顔だけはやけにはっきりと見える。
「なあ、朝になったら、またこの沢に来ようぜ!」
来れるかなあ。なんて。
「太鼓鐘くん、おはようございます」
よく眠っていましたね。物吉の声がする。貞宗部屋には、もう太鼓鐘の布団しか広がっていなかった。
「兄さんは昨日から遠征ですし、ボクも主様のお手伝いがありましたから……」
だから、そんなに不安がることないんですよ。そんな柔らかな言葉に、太鼓鐘は不安なことなんてひとつもないのにと、不思議だった。
「なあ、愛染は?」
その問いかけに、物吉はきょとんと目を丸くしてから、彼なら早朝から駆け回ってましたがと不思議そうに答えた。
「呼びますか?」
その親切に、太鼓鐘はううんと頭を振った。
「俺が会いに行きたいから、大丈夫だ!」
そうして、蛍の沢に行こうって言わなくちゃ。太鼓鐘が飛び跳ねるように布団から起き上がると、物吉は安心したように微笑んでいたのだった。