スノウホワイトの妹

髭切+獅子王/あにっぽいもの


 街の中で、黒い髪に赤い唇をした童女の影を見た。
 薄暗い中、獅子王が手の中で小さくなった鵺を触っていると、待ったかいと声をかけられた。ふっと顔を上げれば、いつもの戦装束とは違う洋装をした髭切がいて、同じようにいつもと違う姿の獅子王は遠い目をした。

「だから、こんなことしなくていいんだって」
 俺たちで見に来るようなものじゃないだろ。そう言いつつも押し付けられたドリンクを受け取る獅子王に、まあまあと押し付けた本人である髭切は笑った。
「なんていう映画だっけ?」
「入り口にポスターがあっただろ」
「うーん、なんだっけ」
「……童話を実写化したやつ」
「そうだっけ?」
 まあいいやと髭切は座席に背を預けた。
 場所は万屋街に出来たばかりの映画館。噂によるとやけに好評のようだから、チケットを取るのは苦労したはずだろうにと獅子王は手の中のドリンクを持ち直した。冷たいそれは果実水だろうか。見た目からすると、こーらという黒い液体ではなかった。
「あ、暗くなった」
「静かにしててくれよ」
「ふふ、そうだねえ」
 やけに楽しそうな髭切に、獅子王はわけがわからないとぼやきそうになるのをグッと堪えた。

 映画は童話が元だったが、従来の解釈からは掛け離れた再解釈を行い、新たな主人公を加えたものだった。面白いと笑えばいいのか、解釈が思い切り過ぎていると嘆けばよいのか。獅子王は元の童話に思い入れがないので、ぼんやりとジュースを飲んで過ごした。隣にいる髭切はどう思っているのだろう。そう考えて見上げると、髭切は思いの外真面目な顔で、スクリーンを見つめていた。

「あの子、どうなったんだろうね」
 映画が終わり、明るくなった館内で、髭切は呟いた。美しいお姫様に嫉妬したのは、追加された主人公の一人だった。その美しさを手に入れようと魔女の手に堕ちたその主人公は、森の奥へと消えた。お姫様は見ず知らずの王子様と結婚して、女王様は牢屋に入れられて。救われたのは、新しい王を迎えた、あの王国の王国民だけだろう。
「さあ、どうだろうな」
 森の奥に消えた主人公は、どう過ごすのか。美しさの為に数々のものを犠牲にした人の子は何をするのだろう。刀には分からないと、獅子王は思った。だが、髭切は言う。
「ちゃんと誰かが斬ってあげたのかな」
 悪は罰せられるべきである。そう言いたいのかと獅子王が首を傾げれば、髭切はそうではないと頭を振った。
「誰かに駄目だよって言ってもらえたのかなって」
 間違いを間違いだと教えてもらえたのかなって。そう続けた髭切に、獅子王は口を閉じて、少しの間考えてから、口を開いた。
「髭切なら、言うのか」
「言うよ」
「どうしてなんだ?」
 真っ直ぐな問いかけに、髭切はだってと目を伏せた。
「どうしても、人の子は愛しいよ」
 僕はやっぱりつくもなんだ。そう呟いた髭切は、自分のことなのにどこか不満そうで、獅子王は思わず笑みが溢れた。
「いいんじゃないか?」
 きっと、それは目の前の髭切だけが導き出せる答えだろう。獅子王が歌うように言うと、髭切はそうかなあと不安そうにした。
「優し過ぎるんじゃないかな」
「はは、誰と比べてるんだよ」
 俺は嬉しいよ。獅子王は笑う。
「俺の知る髭切がこんなにも優しくて、俺は嬉しいや」
 楽しそうでありながら慈しむように笑う獅子王に、髭切はそうじゃないんだけどと微かに呟き、はあと大きなため息を吐いた。
 どうしたと目を丸くする獅子王に、髭切は明るい表情をした。
「また、見に来ようね」
 さあ、早くここから出なくちゃ。髭切はそうして立ち上がり、座る獅子王の手を取った。だから彼は慌てて立ち上がって、引っ張られるままに劇場から出たのだった。



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