もしもあなたがあにさまなら

髭切+獅子王/獅子王がもしも獅子丸の成分を含んでいたら。という捏造で妄想でIFの話。髭切が獅子王を兄様(あにさま)と呼んでいます。


 細く、小さく、軽く。それでいて、力強い拵えは、じっちゃんを思うが故だと、獅子王は認識している。
 獅子王の記憶は曖昧で、じっちゃんと過ごした日々だけが確かに語られる思い出だった。もちろん、同じ場所に保管されていた付喪神のことも語れるけれど、審神者という人の子には、じっちゃんのことを知ってほしいと思っていた。それに、じっちゃんの思い出を語れるのは今の本丸では己だけなのだから、どうしたってじっちゃんの話をしたい。獅子王はそう考えていた。
 なのに。
「ああ、分かった」
 姿が違うから、今まで分からなかったや。そんな風に、髭切は笑った。
「久しぶりだね、兄様」
 とろけるような笑みと、とびきり柔らかな声に、獅子王は思わず後退ってから、現場に膝丸の姿がないかを確認した。いなかった。獅子王は安堵した。

 場所は本丸の空き部屋。小さな部屋で武具の手入れをしていた獅子王は、突然やって来た髭切の言葉に戸惑っていた。
「えっと、髭切。その呼び方はやめようぜ」
「どうしてだい? 兄様は兄様なのに」
「俺は獅子王であって」
「ありゃ、そうだっけ? うーん、うん。名前は大した問題じゃないよね」
 にこにこと嬉しそうな髭切は、そのまま獅子王の顔を両手で包み込む。持ち上げて、さらりと左目を露わにしようと動く手を、獅子王はぐいと阻止した。
「触っちゃだめだって言ってるだろ!」
「うん? そうだっけ?」
「そうなんだって!」
 しょぼんと落ち込んだ様子の髭切に、そんな顔をしても駄目だと獅子王は離れた。
「とにかく、絶対、兄様って呼ぶなよ! 膝丸が混乱するし、周りも混乱するし、主が変な気を使い出すだろ!」
「周りや審神者はともかく、弟には紹介したいな」
「やだ!」
「弟も喜ぶよ」
「どっちかと言うと嫉妬されそうだろ!」
「そうかなあ」
 髭切は首を傾げて、うんと考えてから、名案を思いついたと顔を明るくした。
「二振りでいる時はいいんだね」
「は?」
「うんうん。分かったよ」
「え?」
 楽しそうな髭切は、二振りの秘密ってやつだねと言う。あんまり嬉しそうなものだから、獅子王は二振りでいる時だけならと、もやもやした気持ちを抱えながら頷いたのだった。

 獅子王はじっちゃんの話ができれば、それで良いというところさえあった。なのに、髭切は獅子王を形作る一つを探り出し、引っ張り出し、己の前に曝け出した。
 いつか、皆に兄様って紹介させてね。そんな風に笑う髭切はとびきり幸せそうで、獅子王は大変気まずい気持ちになったのだった。



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