さかさ、ささくれ、かさかさ

山姥切長義+大包平(+山姥切国広)


 皆の、親愛に満ちた目が、刀剣男士として生まれたこころをささくれ立たせる。
 でも、この刀は違う。

「大包平さん」
 コーヒーマグを片手に、山姥切長義が小部屋へと顔を出せば、読書をしていた大包平が顔を上げる。彼は、山姥切長義かと言って存在を認めると、ぱたんと本を閉じた。
「もう八つ時か? ここには時計が無いから分からないんだ」
「大包平さんなら分かるんじゃないかな」
「……外を、秋田が団子を持って駆けていったな」
「分かってるじゃないか」
 大包平は少しばかり気まずそうに本を机の隅に寄せて、コーヒーマグを置く場所を作る。長義が机にマグを置くと、からりと音がしたこれはと大包平は不思議そうにした。
「珈琲ではないな。紅茶にしては、甘い匂いがする。蜂蜜檸檬か?」
「濃い目に作って、氷を入れたんだ。糖分が欲しいかと思ってね」
「そうか、助かる」
 そう言って、大包平はマグを唇に寄せ、一口飲む。僅かに表情を和らげたのを見て、長義は満足そうに笑った。

 外で刀たちが騒いでいるお八つ時。明るい外と比べて、小部屋は暗く、静かだ。灯りは机の上だけで、本の字さえ読めればそれで良いという思考が透けて見えた。

 薄暗く、静かな部屋の中。ここに大包平が居たかと思うと、長義はここに来て良かったと考える。早くこの部屋から出してしまおう。その為には何を言えばいいだろうか。長義がくるりと考えている隙を狙うように、大包平が赤い口を開いた。
「最近、調子が悪そうだな」
 不具合なら主に言うことを勧めるぞ。そう言った大包平に、長義はぴたりと動きを止めた。
 バレていたのか。いや、バレるだろう。この刀は、存外、他を見ていて、己のこともよく見てくれる。そう、山姥切長義を見てくれる刀なのだ。
「少し、気にかかることがあっただけだよ」
「そうか」
 落ち着いた低い声に、長義はするりと零す。
「俺は、俺だと、言いたくて」
 大包平はじっと長義を見ている。無垢にすら見えるような鋼の目に、長義は溢れる言葉をそのまま投げかける。
「言うことは、癪だから」
 だから。
「だから、俺は何も言いたくない」
 その我儘に、長義はいつの間にか伏せていた目を上げた。この刀は呆れてはいないだろうか。そうして見上げた先、長義ははつりと瞬きをした。
 大包平は目をそらさず長義を見つめていた。しっかりと前を見据えるようだった。
「周囲の目はどうにもならん。お前たちがそれで良いのなら、良いだろう」
「……それは、そうだけれど」
「存外、上手くやってるじゃないか」
 そう言うと、大包平は艷やかに笑って長義の頭をぽんぽんと撫でた。長義はぽかんと大包平の目を見つめていた。
「どうして、知っているんだい」
「見ていれば分かる。他所よりも、ここでは山姥切が上手くいっているのは、双方の努力あってこそだ。そうだろう?」
 そう言われて、長義はくしゃりと表情を崩す。安堵し、気の抜けた笑みを浮かべた。
 そうだった。皆が心配するほど、皆が頑固だなあ何て生温い視線を向けるほど、俺と写しは不安定ではない。この本丸においては、写しも自身も、互いを認め合えている。そうだからこそ、皆の視線ばかりが気になってしまう。
「俺は俺だ。なんて、まだ言えないんだよ」
 でも、それでも。互いを罵ることなく、この本丸で過ごせている。長義がそう零せば、大包平はそのように見えるなとマグを持った。
「俺にも、譲れないところはある。だからこそ、己のことを信じれば良いだろうと、思う」
「難しいね」
「そうだろうな」
 ところでこの蜂蜜檸檬はとても美味いな。大包平がマグを空にするのを見て、お代わりを持ってくるよと長義は立ち上がった。


 外は明るい。あの小部屋は暗い。でも、不思議と小部屋は落ち着く。暗いからだろうか、静かだからだろうか。それとも、大包平がいるからだろうか。そう考えながら、長義は厨へと足を踏み入れた。


・・・


「今のうちだぞ、山姥切国広」
 小部屋の物置の影からさっと山姥切国広が顔を出す。たまたま大包平と同じ部屋で針仕事をしていたら、長義が現れたのだ。山姥切国広はそっと荷物を纏めて、立ち上がる。
「世話になった。何か入り用なものはあるか?」
「そこまでしてもらう必要はない」
「しかし、本歌も、俺も励ましてもらったんだぞ」
「必要ない。お前達は充分傷ついている。その傷を労るのは、同じ本丸に所属する刀剣男士として当然のことだ。そもそも、根本的な解決はしてやれん」
「いいんだ。あんたのその言葉だけで、本歌も俺も救われる」
 不思議だなと、山姥切国広は笑んだ。
「不思議だな、あんたと俺たちは大した繋がりもないのに、あんたと居ると落ち着くんだ」
「そんな特殊能力は無いぞ」
「そうか、あんたが目の前を見据えて、本歌と俺をありのままに見つめてくれるからだろうな」
「自問自答か」
「やはり、礼の品を今度見繕う。古備前部屋に置いておくからな」
「だから、要らんと言っているだろう!」
「気持ちだからな。仕方ない」
「何も仕方なくない筈だが?!」
 大包平がわあわあと叫ぶ中、山姥切国広はそれじゃあなと小部屋から出て行った。

 話を聞かないやつめ。大包平は呆れたため息を吐いてから、山姥切長義が戻ってくるまで続きでも読むかと本を手にしたのだった。



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