幸の境目を飲む

太鼓鐘貞宗+物吉貞宗+亀甲貞宗


 ケーキを頂いたので食べませんか。演練から帰った物吉の言葉に、貞宗部屋で武具を磨いていた太鼓鐘と亀甲は慌てて茶会の用意を始めたのだった。

 太鼓鐘が燭台切お勧めの水出し紅茶を運ぶ後ろを、食器を盆に並べた亀甲が歩く。貞宗部屋では物吉がちゃぶ台を出して、その上にケーキの入った白い箱を置いていた。
「亀甲兄さん、太鼓鐘、どのケーキが良いですか?」
 三種類あるんです。物吉は楽しそうに箱を開いた。白い箱に入っているのは、紫色のブルーベリーのタルト、橙色のオレンジのムース、そして真っ赤な苺のショートケーキだった。
「俺、これがいいな!」
「ショートケーキですね。亀甲兄さんはどれにしますか?」
「物吉が先に選ぶと良いよ」
「では、ブルーベリーが良いです!」
「じゃあ、ぼくはムースケーキだね」
 亀甲が丁寧に、クリームを崩さぬようにケーキを皿に移す。物吉がフォークを並べて、太鼓鐘が冷たい紅茶をグラスに移した。

 いただきますと挨拶をしてから、それぞれがケーキにフォークを刺す。ショートケーキの白化粧に刺したフォークは銀色で、冬だなと太鼓鐘は思った。この本丸は蝉が鳴くような夏だ。暦の上ではまだ初夏で、冬なんて程遠い。でも、苺のショートケーキは冬なのか。太鼓鐘は面白くなって、思わず微笑む。ちゃぶ台を囲む亀甲と物吉は既に一口目を食べていて、美味しいですねと頬を綻ばせる。
「ブルーベリーは季節限定らしいのが惜しいです。こんなに美味しいのに……」
「一年中食べれたら有り難みが無くなってしまうかもしれないよ」
「こんなに美味しいので、問題ありません!」
 ふふんと笑う物吉に、亀甲はそれもそうだねと笑う。太鼓鐘はそれを眺めながら、苺のショートケーキを口に運ぶ。じゅわりと、熟れた果肉が口の中で溶けていくようだった。なお、亀甲は、オレンジのムースはちょっぴり酸っぱいねと、嬉しそうにしていた。

 太鼓鐘はどうですか。物吉が問う。
「ん? 美味いぜ!」
「それなら良かったです。それにしても、最近の太鼓鐘は苺が好きですね」
 マイブームというやつですかと首を傾げる物吉に、太鼓鐘は動きを止める。そういえば、物吉と亀甲の目の前で、あの沢山のゼリーから苺味を選んだのだった。
 浮かぶのは強烈な熱。真っ赤な髪。確かに、赤は、今一番気になる色だ。赤くて、強い甘み。守りたくなるような、小柄な刀。
 あんなに鮮やかな刀と仲良くなれたら。太鼓鐘は思う。誰に対しても兄貴肌で、ガキ大将みたいで、白黒がはっきりとしているようでその実、肉親のように頼れる刀。そんな彼と仲良くなれたら、どんなに素敵だろう。
「太鼓鐘、今、とっても幸せなことを考えてますか?」
 え、と太鼓鐘は零す。物吉はとても優しい兄の顔をしていた。その顔はいつも見るのに、今日はとびきり優しく見えた。
「幸せそうな顔をしています」
「そ、そうか?」
 はい、とても。物吉は繰り返す。
「ボクはきみに幸運を運べましたか?」
 これは、ともすれば嫌味ともとれる言葉だろう。太鼓鐘は思った。これは、兄の顔だ。太鼓鐘は感じた。物吉は、心の奥底から、嬉しいのだ。

 さり気ない日常の、ささやかな幸福。それを大切なひと(弟)に運ぶことが出来たのなら、物吉は兄として幸福なのだ。

 幸運を運んだのは、俺かもしれない。太鼓鐘は遠くなるような意識の中、最後にぽつりと、考えた。



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