午後二時

三日月宗近+亀甲貞宗+厚藤四郎


 ここは最果ての奇跡。

「かつての所蔵場所で平安太刀仲間だった獅子王と大包平が何やら大変そうなので知己として何か協力したいのだ」
 何ができるだろうと、一等美しいかんばせに憂いを滲ませる三日月に、しとりと咲く白菊のような美青年たる亀甲は答えた。
「たぶん、じっとしておいたほうが良いと思うよ」
 そう、真剣な面持ちの見目麗しい二振りに、厚藤四郎はばりばりと煎餅を食べながら、どうしたら三日月を止められるだろうと考えていた。あとこの空間(貞宗部屋)の顔面偏差値が、自身とは別方向に高くて、大変居辛い。

 三日月は緑茶の入った湯呑みを持ちながら、すげない亀甲に、だがと食い下がる。
「だが、あの獅子王と大包平だぞ。普通ここはこの俺が大変な目に合う!というところを、一手に、違うな一手ではないが……そう、ふたりで引き受けてくれているのだぞ」
「何言ってるの三日月さん」
「本丸シリアス要員と言ったら俺だろう」
「ぼく、この本丸でシリアスやってる三日月さん何て見たことないよ」
「亀甲が辛辣で俺は悲しい……」
「亀甲って、三日月が主に、秘密(縄)を真っ先にバラしたこと、まだ根に持ってんのか?」
「少なくともあと百年は許すつもりはないよ」
「あなや」
 切ないなあとぼやく三日月に、亀甲は煎餅のお代わりはいるかいと甲斐甲斐しく世話を焼く。普段の三日月のお世話係は獅子王などの世話好きな刀だが、そういった刀がいないとこの本丸では亀甲が率先して世話を焼く。許すつもりはないんじゃないかと指摘すれば、付き合いが長い分、三日月のことは分かっているとか何とかと言うので、厚は何も言わないでいる。

 だが、そもそも、三日月はぼんやりしているだけで世話されなければいけないような爺ではないのだ。なので、厚は彼への世話焼き行為はお節介だろうと思っている。ぼやぼやしているから手を貸したくなるのも分かるが、それはそれだ。
 人を模した体を手に入れたのだから、何事も自分の手足で行ったほうが圧倒的に早いし、経験になる。
「しかしなあ、俺は助けたいのだ」
「まだ言うのかい?」
「亀甲、俺には分かるのだぞ」
 何がだいと亀甲が茶を入れ直しながら言うと、三日月は空っぽの湯呑みをくるりと撫でて、言う。
「獅子が泣いておる」
「……誰のことかな?」
 手を止めて、こてんと首を傾げる亀甲の、桜色の髪が揺れる。三日月の夜を映したような髪とは対象的だなと、厚はぬるい茶を飲み干した。
「蝶は泣かせる方だな。あの本歌とやらが悲しむだろう」
「ぼくはあの刀が泣く姿なんて想像できないけれど」
「あとはなあ、来派の守り刀と貞宗の春がな」
「太鼓鐘だって?」
 パチリと瞬きをする亀甲の手から、引き継ぐように茶を入れる工程を厚が代わる。じっくりと上手く茶を淹れられるタチではないのだ、文句は言うなよと厚はぼやく。

 三日月はそんな厚をちらりと見てから、さてなあと口元に着物を寄せた。
「あれは"あに"がほしいのだ」
「太鼓鐘にはぼくも物吉もいるよ」
「そうではない。来派のちいさな兄のことだ」
「愛染のことかい? 彼を兄として迎え入れたいと?」
「否、あれは兄になりたいのだろう」
 末っ子のワガママというやつだ。そんなことをぼやく三日月に、厚は淹れたての茶を差し出した。熱いからなと声をかけると、机に置いてくれと眉を下げられる。注文が多いと言いながら、厚は湯呑みを置いた。
「弟として迎え入れたい、か。それが本当に太鼓鐘の意思ならば、来派との全面戦争になりかねないよ」
 それはものの例えだけどと、考え込む亀甲に、さらに三日月は続けた。
「而して、来派のちいさな兄は粟田口にも縁がある」
「粟田口に縁の無い刀のほうが珍しいんじゃないかな」
「おい、俺がここに居ること忘れてないよな?」
「厚は俺の孫だ」
「それ獅子王にも言ってるだろ」
 まあでも、と厚は発言した。
「愛染国俊なら、白山さんとか前田が黙ってないな。下手したら、あの三池の大典太さんも口を出すだろ」
 故に、太鼓鐘は火種になるだろう。厚がそう締め括ると、亀甲はきゅっと眉を寄せる。
「悪い子じゃないんだ。ただ、この本丸に馴染んだということだね」
「ヒトの身に慣れ過ぎたのだろう。亀甲や、あまり思い詰めるな」
「言い出したのは三日月さんなのに」
 ああもうと亀甲は熱い湯呑みに手を伸ばす。火傷するぞと三日月に指摘されたが、亀甲はそのまま湯呑みを掴んだ。熱いだろうにと、厚は呆れた。
「太鼓鐘についてはぼくが見てるから、三日月さんは獅子王くんと大包平さんを見てておくれよ」
「うん? いいのか?」
「見てるだけならいいと思うよ。見てるだけなら」
「うう、俺は信用が痛いぞ」
「信用かあ?」
 厚はそうツッコミつつも、続けて提案する。
「でも、獅子王はともかく、大包平にはあんまりちょっかいかけちゃ駄目だぜ」
「なぜだ?」
「天下五剣コンプレックスは根深いって知ってるだろ」
「俺はただ美しいだけだと言うのに」
「おう。ほんっとにここの三日月って図太いな」
「俺は美しいのだぞ。もちろん大包平も美しい。でも、俺も美しい。揃えばもっと美しいぞ」
「いや、うん。そうだな。深呼吸するか?」
「三日月さん、ここに集うのは名刀ばかりだから、右向いても左向いても美しい刀ばかりだよ」
「うむ。そうさな。よきかな、よきかな」
 はっはっはっと笑いだした三日月に、亀甲はさてと戸棚から菓子を出す。それはカラフルなゼリーだった。

 明らかに贈答用のそれに、どうしたんだと厚と三日月が目を丸くするのを、亀甲が苦笑して答える。
「以前、粟田口がお礼にと渡してくれたんだ」
 この話の流れで粟田口と交流があると、何だか複雑な気分だね。そう言って、亀甲は眉を下げたのだった。



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