合わせ鏡

獅子王+鶴丸国永+大倶利伽羅+同田貫正国+御手杵


 弓を引く音、に似てる。
「獅子王、ここにいるか?」
 居ないのなら夕飯の唐揚げが減るぜ、なんて卑怯だ。

 呼びに来た鶴丸の前に降りると、また屋根の上にいたのかと呆れられた。夏は熱中症の危険があるし、あんまり丈夫な場所じゃないから、審神者もやめるように言ってたぜと小言が続く。
「あーもう分かったって、それで、何のようなんだ?」
「聞く耳を持たずか、まあいいが。何、同田貫が、そろそろ長屋の主部屋の掃除した方がいいんじゃないかと言い出してな」
「同田貫が? 珍しいな」
「そうだ、珍しいから呼びに来たんだ。あいつがやる気になるなんて珍しいだろう?」
「やる気のあるうちに掃除しようってことか。いいな」
「おお、獅子王もやる気になってくれたか」
「そこまで言われたらな!」
 鶴丸はハハと笑ってから、さっさと掃除してしまうかと言った。そうして、きゅりきゅりと音を立てて玄関扉を開け放ったのだった。

「折角だから大掃除しようぜ! 俺が荷物を運んでやろう!」
「毎度のことだがな、アンタは細かいことが得意なんだから却下だっつーの」
「俺とたぬきで荷物だすからなあ」
「ぐぬぬ、じゃあ伽羅坊と獅子王は何するんだ」
「俺は一人でいい」
「大倶利伽羅は俺と窓拭きな! 北と南の両端から進めようぜ」
「……早く終わらせるぞ」
 大倶利伽羅がすたすたと布とバケツを取りに向かったので、俺の音頭で季節外れの大掃除が始まった。

 青いバケツに井戸水を入れて、布と洗剤を持つ。大倶利伽羅にも、今日は洗剤を使って窓拭きしてくれよと押し付ければ、渋々受け取ってくれた。
 夏、蝉すら鳴いていない炎天下に、ばたばたと長屋が騒がしくなる。荷物を出す間は待機してろと言われて不満がった鶴丸が走り、本丸屋敷から援軍として平野と毛利を呼んできた。どちらかと言うと細かいことが得意な二振りなので、塵取りや箒を渡しておいた。
 二階の南の方にある窓から窓拭きを始める。腕を思い切り伸ばして水拭きをしてから、洗剤をつけてもう一度。また水拭きをして、乾拭きをする。手間がかかるが、その分ぴかぴかになるし、洗剤の効果で汚れにくくなるのだ。
 一振りで黙々と進めていると、ぽんぽんと長屋の玄関前を鵺が跳ねていった。その後ろを加州が追いかけていたところからすると、どうやら体を洗われそうになって逃げているようだ。この本丸の加州はとても綺麗好きで、狐や虎や鵺や亀をしゃんぷーする事が好きらしい。特にどらいやーで毛を乾かしてもぴかぴかのつやつやのふもふにすることが快感らしい。
 鵺に逃げんなよと声をかけていると、ふと視線を感じる。ちらとそちらを見ると、木の陰があった。そこに佇み、こちらを見上げているのは、髭切だった。じいとこちらを見ている金色に、俺は何とも言えずに見つめ返す。刹那、おいと戸口から声がした。
「獅子王、洗剤が切れた」
 詰め替えはどこだと大倶利伽羅に問われて、それならと、俺は金色と窓から離れた。

 風呂場の洗剤置き場で、大倶利伽羅に窓拭き用の洗剤の詰め替えを手渡すと、いいのかと問われた。
「何がだ?」
「……外に、居たんだろう」
 大倶利伽羅は髭切とは言わなかった。実際、大倶利伽羅に髭切の姿は見えていないだろうから、分からなかったに違い無い。なのに、大倶利伽羅の目は俺の目を真正面から見据えていた。
「いいのか」
 再度、そう言われて、俺はへらと笑った。
「いいんだよ、べつに」
 心配されちまったと言えば、大倶利伽羅は無言で洗剤の詰め替えを始めた。

 夏、拭きかけの窓辺に戻る。木の陰にはもう、誰もいなかった。きっと、弟とお八つでも食べているのだろう。



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