刀の誇りときみとの関係

山姥切長義+大包平+膝丸


 ジィジィと夏の音がする。
「俺は兄者の力になりたいのだ……!」
「行動すればいいだろう!」
「話してくださらないからどうしようもないだろう!」
「だったら大人しくしておけ!」
「しかし!」
 なんだこれ。長義は両手にアイスミルクティーを持って途方に暮れた。

 大包平と長義の二振りで、空き部屋に居場所を見つけてのんびりと休暇を過ごしていた途中、厨番が紅茶を淹れたとの一報が入り、それならと長義が取りに行って戻ってきたら大包平と膝丸が何やら話し込んでいた。しかも内容はとてもくだらない予感がする。長義は、両手が塞がっているんだがなあと思いながら戸の前でぼんやり立っていた。声をかけたいが、話に首を突っ込みたくない。
「何をしているんだ」
 スッと戸が開き、大包平が呆れ顔で立っていた。長義は、流石横綱は空気が読めるなと感動した。膝丸はちゃぶ台に突っ伏していた。何なんだ。
「大包平……俺は、俺は」
「だから、髭切と話してこいと言っているだろう!」
「それで話してくださるのならきみに相談しない!」
「何なんだ!!」
 ほんとそれな。長義は半目でちゃぶ台にグラスを並べた。膝丸さんがいるなら、彼の分も持ってくればよかった。そう考えたが、同時に、巻き込まれたくないなあとも考えた。長義は基本的に面倒事に首を突っ込みたくないし、巻き込まれたくもない。ただでさえ、己の本歌写し問題で手がいっぱいなのだから。
「山姥切の本歌もそう思うだろう!」
「それどういう意味だい膝丸さん」
「うん? 山姥切の写しと山姥切の本歌で合ってるだろう?」
 違うのかと首を傾げた膝丸に、それはそうだねと長義はとりあえず噛み付くのをやめた。大包平はアイスミルクティーを目の前にして、そういや茶菓子があったなと戸棚を探しだした。あまり話を聞いていないなこれ。
「兄者がここのところ、心ここにあらずなのだ。どうやら獅子王のことを思っているらしいが、詳しく話してくださらない。どうすればいい?」
「いやそれ俺に聞くのかい?」
「つんでれには難しいか?」
「誰だい膝丸さんにツンデレとか教えたの!!」
「兄者に聞いたぞ」
「髭切さんか!!」
 あと俺はツンデレじゃないと息巻けば、まあ落ち着けと大包平が茶請けとしてあんこを使ったビスケットを出してくれた。長義の機嫌は急上昇した。世話になった人の住む地域の品はどの刀も大抵好むものだ。
「それで、膝丸はどうしたいんだ」
 大包平の質問に、膝丸は口籠る。どう、と言われてもと眉を下げた。
「兄者の力になりたいのだが、俺が一人で動いても、事態は好転しないだろう」
 むしろ悪化しそうだとしょげる膝丸に、結局何が起きているのさと長義は質問した。長義は膝丸とも髭切とも、獅子王とも縁がない。ただ、政府にいた頃に見たデータとしては、髭切と膝丸は仲の良い兄弟で、獅子王は明るい孫キャラだった筈である。そして、三振りとも平安の括りだ。ああ、あとは源氏(仮)の括りか。元の主関連で何があったのだろうか。
「お前としては完全に手詰まりなわけか」
「獅子王に聞いてみたが、はぐらかされた。今剣と岩融と石切丸は何も知らないと言う……」
「へえ、意外と聴き込んでるね」
「成果はゼロのようだがな」
「そうなのだ……」
 完全に凹んでいる膝丸に、ふむと大包平が目を伏せる。おやと長義だけが気がついたその目は、どこかを見ていた。どこだろうか。
「少しは、俺の方からも調べる。期待はするなよ!」
「ほんとうか!」
 ぱあっと顔を明るくした膝丸に、期待はするなと再度言ってから、大包平は茶菓子を食べた。長義は良い人というやつなんだろうなあとミルクティーを飲んだ。甘い茶請けとよく合う。

「ところで山姥切の本歌は何故、最近大包平と一緒にいる?」
 さらりと告げられた言葉に、うんと長義は首を傾げた。膝丸はどこか寂しそうにしている。
「それが何か?」
「いや、別にいいんだが、妙に懐いているなあと」
「なんだ、寂しいのか。兄弟太刀会には顔を出しているだろう」
「え、何だい、その兄弟太刀会って」
「兄弟がいる太刀が適当に集まるだけの会だ。定期的に飲み会がある」
「茶会もあるぞ。打刀には無いのか?」
「俺は知らないかな……」
 飲み会はともかく、茶会とは。個性の暴力みたいな打刀組にそんな優雅なものあるのだろうか。長義は気になったが、過去に所蔵されていた場所で繋がりのある鯰尾等との会合と同じだろうかと考えることにした。
「俺が大包平さんといるのは、祖父と孫みたいなやつだよ」
「ああ、なるほど」
 長船のアレか。膝丸はそう気がついたようで、ふっと目尻を柔らかくした。髭切とよく似た笑みだなと、長義は感心する。やはり、彼らは兄弟なのだ。
(でも、)
 この笑み、どこかで見覚えがある。長義がすうっと目を細めた時、気をそらすように大包平が口を開いた。
「ところで、膝丸は買い出しを頼まれているんじゃなかったのか」
「ああ、そうだった。そろそろ行かねば」
 失礼したと、膝丸は立ち上がって空き部屋を去っていった。

 残された二振りのうち、嵐のようだったと長義がぼやくと、そう言ってやるなと大包平はどこか遠くを見ていた。
「兄弟というものは、難しいからな」
 じわりと沁みるような声に、長義は柔らかく返した。
「やけに実感が籠もっているね」
「俺も、鶯丸との関係には悩んだからな」
「ああ、そういうこと」
 刀であること、刀でありながら、人型の器を得た兄弟であること。己を誇ればいいのに、それだけでは、刀剣男士として戦えないことがある。ままならないものだね。瞼の裏に幼いきんいろが見える。長義の独り言に、大包平はそうだなと返事をした。



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