バニラクッキーをどうぞ

バニラクッキーをどうぞ
11万打お礼リクエスト企画の作品になります。アンタレス様、リクエストありがとうございました!

!文アル坪内逍遥夢!
!攻め主!
!not司書主!
!コメディ!


 喫茶店、レディグレイ。今日も今日とて、営業中です。

 ここは帝国図書館の門前町にある喫茶店だ。マスターは初老の男性。そして店員は俺こと、男主のみだ。
 店員を増やすべきじゃないかと進言しようにも、なにやら特殊なお客様が多いらしく、マスターは男主君がいるから平気だとしか言わない。確かに俺とマスターで無事に喫茶店レディグレイは回っている。だが、俺とて休みたい日はあるし、マスターこそ腰痛で病院に通ってるのだから、新しい店員の話は考えてほしいものである。

 からんころん。
「いらっしゃいませ!」
 ドアベルの音に、反射的に振り返ると、やあと丸眼鏡の青年が柔らかく微笑んでいた。彼は坪内逍遥さん。そしてなんと、俺の初恋の人である。

 初恋といえば大抵は小学生や園児の頃だろうが、俺にはそんな甘酸っぱい思い出はなかった。誰かに恋をするなんて考えられなかった俺の前に舞い降りた天使、神様こそが坪内逍遥さんである。
「珈琲を頼めるかい」
「はい、お時間を頂きますが大丈夫ですか?」
「いくらでも待つよ」
 にこにこと微笑む坪内さんは今日も今日とて麗しい。えるしってるか、丸眼鏡が似合うのはとびきりの美人か老人だ。そして坪内さんはとびきりの美人なのだ。
「マスター、アメリカンひとつ!」
「任せ給え」
 マスターの珈琲は門前町一番である。胸を張って主張できる。俺は他のお客様の注文をとったり、サンドイッチを作ったりしながら、珈琲を待った。

 そして出来た珈琲を坪内さんに持っていくと、これはいいねと坪内さんは花がほころぶように笑った。
「男主くんは淹れないのかい?」
「お、俺はまだまだで……」
「そうなの?」
「はい……お客様に出せるレベルじゃないんで」
「そっか……いつかきみの珈琲も飲んでみたいな」
 花が咲くような笑みに、俺はウッと呻く。坪内さんが美しすぎて動悸がする。まだ死ぬわけにはいかないので耐えた。
「すこし作業をしてもいいかな」
「どうぞ、ごゆっくりしていってください」
「ふふ、ありがとう」
 そうして原稿用紙に向き合った坪内さんはライターらしいが、その作品を俺は見たことがない。帝国図書館の上層部しか読めないと聞いているので、そのお偉いさんにヘイトが溜まる一方だ。俺も坪内さんの作品を読みたい。
「そうだ男主くん、何かお茶菓子になりそうなメニューはあるかい?」
「クッキーならすぐ出せますよ」
「じゃあそれを頼むよ」
「はい!」
 兎も角、仕事をせねば。俺は決意を新たに、そしてクッキーを食べた坪内さんの笑顔を見るために、いそいそと厨房に向かったのだった。

 なお、今日も春だなあと言うマスターには、腰痛に響かない程度にどついておいた。

- ナノ -