第4話:もう少し大人しくしてください

【男主視点】


 デパートに用があった。コツコツと靴を鳴らして歩く冬沢さんが案内するままに、俺は荷物持ちをしていた。バイト先から買い物を頼まれ、地図を見ても目当ての商品が置いてあるところが分からないと困っていたところを冬沢さんが案内しようと言ったのだ。何でデパートに詳しいんだ。こっちに来てからは初めての場所だぞ。
「嗚呼、遠崎君。例えばだが」
「何?」
「大体のものは支柱を崩したら全体が倒壊するだろう。もしくは重大な欠陥になる」
「まあ、そうだろうけど」
「なら、支柱を崩さなければ倒壊しないな?」
 断定の意を込めて言われて、俺は何が言いたいんだと冬沢さんを見た。瞬間、冬沢さんの緑色の目が細められた。薄い色の唇が、弧を描く。
「さて、事件だ」

爆発音、喧騒、飛び交う怒号。
冬沢さんが近くの男に捕まった。

 え、なんで。思わず手を伸ばしかけて、冬沢さんの緑の目がニィと笑みを浮かべていることに気がついた。全体の表情はいつもの感情のわからない笑顔なのに、目はどこまでも楽しそうだ。男は紺色のズボンに、黒いパーカーを着ている。
「静かにしろ! このビルに爆弾を仕掛けた! 銃もある! 警察を呼ぶようならこの人質を撃つ!!」
 響き渡った声に、喧騒が小さくなる。冬沢さんの頭に突きつけられた銃口に、何処からか引きつった悲鳴が聞こえた。
 銃を突きつけられても態度を変えない冬沢さんに、何してんだこの人はと頭を抱えそうになる。周囲を見回すと、犯人の仲間がいるようで警察を呼べる状況ではなかった。
 どうすればいいのか。このままだといくら冬沢さんでも殺されるんじゃないか。ゾッと悪寒が走る俺の前で、声が響いた。

「何、二つ目の爆弾は二階の服屋にある袋の中だろう」

 魔の目がゆるりと犯人を見上げる。静まり返った店内に、女性にしては低い、滑らかな声が通る。犯人がぐいと目を見開き、動きを止めた。ベージュのコートから覗く白い肌が灯りを反射して、淡く光った。
「銃の扱いには慣れていないな。誰も発砲していないところからすると、レプリカの可能性もある。武器としてはこの腹に隠しているナイフか」
 つらつらと冬沢さんは語る。
「爆弾は時限式、スイッチ等はないだろう?」
 疑問に見せかけた断定。俺にはそれがカマをかけただけだと分かったが、そうとは思わなかったらしい犯人は目を見開いてガタガタと震える。心の内を読まれた錯覚による恐怖。そして何よりあの魔の目に、人を狂わす目に捉えられたのだ。もう、あの犯人は"何をするかわからない"。
「フム、遠崎君にはできそうにない所業だな」
「何言ってんの?!」
 思わず突っ込めば、犯人が大きく振り返った。あ、目をつけられた。しかしその大きな動揺の隙に冬沢さんは腕から抜け出し、何処からともなく男性を中心とした人々が犯人グループに襲いかかった。
 何事かと慌てれば、確保との声が彼方此方で響いた。どうやら私服の警官が何人もいたらしい。え、偶然なのかこれ。

 足早に近寄ってきた冬沢さんが俺に、帰るかと、声をかけたかと思うと、そのままつかつかと歩いた。慌ててついていく。
「え、マジで? 帰れるの?」
「私達は被害者だろう。それにこの人数だ。バレない」
「冬沢さん、思いっきり人質にされてましたけど?」
「アハハ、まあ気にするな」
「流石にわかる。何も考えてないだろ」
 笑いながらサッサと逃げようと言った冬沢さんに、逃げるという認識はあったんだなと俺は深いため息を吐いたのだった。


………
【降谷視点】


 その日、前から目をつけていた小さなグループが動いたという報告が上がった。前々から爆弾を作っている節があると警戒していたので、テロの可能性を考えてグループの構成員が集まったデパートに人員を配置した。
 ここで捕物をしてしまおうと人に紛れて、風見には突入班の指揮を頼む。

 デパートの中でグループの構成員らしき人物を尾行していると、ふと大学生ほどの男女の二人組が目に留まった。何の変哲も無い二人のうち、女性の方がちらりと僕の追いかける人物を見たのだ。その目が日本人離れした緑色だったので、少しばかり違和感があったということである。
 しかしそれだけだ。尾行を続けていると、構成員はどうやらさっきの二人組に目をつけたらしく、そう離れずに後を追っていた。手を出すようなら何かしらの対処が出来る。注意深く見ていると、ふと二人組が立ち止まった。
 それを合図にするように。否、違う。"構成員達が合図を送りあったのを見たかのように"女性は立ち止まった。
「さて、事件だ」
 女性にしては低い声がした。

爆発音、喧騒、飛び交う怒号。
女性が近くの男に捕まった。

 男性が手を伸ばしかけて、引っ込める。その間に犯人は爆弾があることと、警察を呼ぶようなら人質を殺すと言って銃を女性の頭に突きつけた。
 あまり良い状況ではないが、その銃はおそらく良くできた偽物だろう。持ち方も慣れていないので、銃についてはどうでもいいが、下手に動いて人質を傷つけられると困る。主に始末書などの対応が面倒だ。
 どうするかと考えていると、人質になっている女性が口を開いた。

「何、二つ目の爆弾は二階の服屋にある袋の中だろう」

 女性にしては低い声がするりと耳に入ってくる。一瞬呆気にとられたが、内容を捉えて、まさかと内心驚いた。不審物があるという情報はこちらには来ていない。しかし、確信を感じさせる声からすると、どうやら何処かでその爆弾の袋を見たのだろう。少なくとも、僕の尾行していた犯人が置いたものではない筈だが。
 犯人は目を見開き、動きが止まっていた。緑の目と犯人の目が合っている。磨かれた電灯の光を浴びた緑の目はキラキラと輝いていたのに、ゾッとするような心地がした。悪寒とは違う、猛烈な違和感がそこにあった。
(あんな目に見られたら、普通の人間は気が狂ってしまいそうだ)
 自然と、そう考えた。
 女性の角のない柔らかな、それでいて低い声が、静まり返ったフロアに響く。
「銃の扱いには慣れていないな。誰も発砲していないところからすると、レプリカの可能性もある。武器としてはこの腹に隠しているナイフか」
 女性は犯人に背を向けて密着している形だ。腹部に何か隠されていると、背中から感じたのだろう。犯人は口を僅かに開いて、止まっている。
「爆弾は時限式、スイッチ等はないだろう?」
 真偽はともかく、その言葉が決め手だった。犯人がガタガタと震えだし、恐怖に慄く。まるで何かの中毒を起こしたかのような異常な様子に、女性は狼狽えない。
「フム、遠崎君にはできそうにない所業だな」
「何言ってんの?!」
 のんびりと言い切った女性に、男性がツッコミを入れた。瞬間、犯人が大きく動き、男性を見る。その隙に女性が腕から逃げた。僕が指示するまでもなく、僕らは動いた。

 一気に距離を詰めて、尾行していた人員でフロアに散らばっていた犯人達を確保する。僕も目の前の犯人から偽物の銃を叩き落とし、逃さないように捕らえた。他の階にいた構成員を確保した報せと、風見が爆弾処理班を送り込む声がイヤホンから聞こえた。爆弾は風見の部下が目をつけていた。二階の服屋に置かれた紙袋の中。女性が言った通り、時限式だった。

 あの二人組は一体何者だったんだ。犯人確保を確認してから探したが、二人組はその場から消えていた。何故逃げたんだ。警察に見つかると何か不都合でもあるというのか。疑いが芽生えたが、手がかりはない。
(いや、手がかりならあったな)
 女性は男性を遠崎君と呼んだ。つまり、男性の苗字は遠崎なのだろう。
 二人組を注視していたのは僕だけだったらしく、その場で人の波の中から探し出すことは困難だと、悔しく思いながら、判断した。

 大学生ほどの、若く謎めいた二人組。僕が潜入している黒の組織とは関係なさそうだが、この日本に怪しい人物がいることが気に食わなかった。

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