第2話:盗聴器こわい

【男主視点】

 何とか住む場所を見つけ、バイト先も見つかった。完全にセキュリティの字が認識されていない事故物件だったが、冬沢さんのいつものよく分からない魅力と話術と人懐っこさで周辺の住民とのトラブルは無い。むしろたまにお裾分けとかくれる。夜はどこかしらが煩いが良い人ばかりだった。見た目は怖い人たちだけど。
 ということで早朝から昼までのバイトの帰り、頼まれた買い物をしてから俺は帰っていた。買い物はメッセージで頼まれた。スマホ、ネットが何故か通じるのが有難い。
 米花町は、俺には全く聞き覚えのない町だった。でも何かわりと発達していて、街で、さらにやけに事件が多い。冬沢さんは事件が多いが解決率も高いとか言ってた。それどこ情報だよ。
 時間は午後3時。少し遠いスーパーまで牛乳の安売りを目当てに行ったので、時間がかかった。歩いていると、ふと声をかけられた。
「おにーさん」
「……俺?」
 スーパー袋片手に振り返ると、黒縁眼鏡をかけた小学生ぐらいの男の子がいた。黒い髪に、青い目。
「前にカフェで会ったね!」
「あ、ああ。通りで見覚えがあると思った。どうかした?」
「ううん、少し歩いてだけだよ!」
「そうなのか。俺はスーパーの帰りだよ」
「スーパー?」
「少し遠いところのやつ。牛乳が安売りしてたから」
「ふーん、牛乳が好きなの?」
「なんか飲んじゃって」
 苦笑すると、そうなんだと男の子は言った。
「おねーさんは?」
「冬沢さんなら今日はもう帰ってる筈だよ」
「冬沢さん?」
「うん。俺は遠崎ね。遠崎正紀」
「遠崎さんだね」
「きみは?」
「僕は江戸川コナンだよ!」
「へー」
 不思議な名前だと思ったけど、言わないでおいた。キラキラネームだろうか。漢字は何だろう。
「遠崎さんのお家はどこ?」
「ボロアパートだよ」
「そうなの?」
「うん。ちょっと怖い人たちが多いね」
「怖いの?」
「うん。でも冬沢さんが上手に話すから皆良い人達なんだけどね」
「ふーん」
 マジであの話術は詐欺師だ。改めて思い出そうとして、そうだと思いついたようにコナン君は言った。
「お家に行きたいなー」
「え、あんまりオススメできないよ」
「怖いから?」
「うん」
「えーでも行ってみたいなー!」
 キラキラした目で言われて、引きそうにはない。俺はそれならと苦笑してスマホを取り出した。
「冬沢さんに聞いてみるね」
「お願い!」
 そうして俺はスマホのメッセージを送った。

遠崎正紀:冬沢さん、コナン君が家に来たいって言ってるんだけど

遠崎正紀:あ、コナン君は米花に来た時のカフェで話しかけてきた男の子だよ

 これで分かるだろうと返信を待つと、直ぐに返事が来た。

冬沢千:1人なら平気だろう。

 良さそうだ。スマホを閉じてコナン君を見た。
「いいって」
「やったあ!」
「でも面白いところじゃないよ」
「そうかな?」
「俺か冬沢さんから離れないようにね」
 そうして俺は小さなコナン君と家に向かった。
 というか、これは事案じゃないよな。誘拐じゃないです。ちゃんと夕方には帰します。ちょっと怖く思いながら、俺はもう見慣れた帰路を眺めてコナン君と会話したのだった。

「ただいまー」
「こんにちは!」
「お帰り。そしていらっしゃい。手を洗った方がいい」
 部屋に座っていた冬沢さんが立ち上がる。何か飲み物を出すのだろう。俺は冷蔵庫に牛乳を入れてからコナン君と手洗いうがいをした。
 居間に行くと冬沢さんが冷たい麦茶をコナン君と俺の前に出す。冬沢さんはマグカップで冷たい麦茶を飲んでいたようだ。
「片付いてるね」
「一応ね。冬沢さんが物を増やさない人だから」
「遠崎さんの物が多いの?」
「そうだよ」
「遠崎君。着替えてきたらどうだ」
「アッハイ」
 俺は立ち上がり、部屋の隅に向かう。冬沢さんはいつものポーカーフェイスでコナン君を見ていた。コナン君はそれを受けてへらりと笑い、きょろりとまた部屋を見渡す。面白いものがあったのかなと思っていると、ふと冬沢さんが口を開いた。
「この町は隙が無いようで、隙がある」
 また何か言い出した。あまり変なことを言うなら止めなければと思いながら、俺は着替えた。Tシャツを替えるぐらいだが。
「隙?」
「ああ、警備が厳重かと思えば、たまに見落とされているらしい箇所が見受けられる」
「へ?」
「大掛かりな事から小さな事まで。種類は様々だ。大掛かりな事は大きな建築物がやけに頻繁に建設される。小さな事だと、そうだな」
「……」
「盗聴器や盗撮カメラだな」
 目を丸くするコナン君。対して俺はその話かと、息を吐いて机に戻った。
「またその話?」
「それなりに気になるんだ」
「またって?」
「うーん、冬沢さんは前にストーカーに盗聴器とか盗撮カメラとか仕掛けられてたんだよ」
「ストーカー?!」
 コナン君が目を丸くして声を上げる。驚くよな。小学生には特に馴染みが無いだろうし。
「それって警察に届け出た?」
「届け出ては無い」
「なんで?!」
「必要無かったからな」
「ええ……」
 コナン君が呆れたような、驚愕というような顔をする。うん、信じられないよな、わかる。
 頷いていると、冬沢さんがスマホで時間を確認した。
「そろそろ夕飯を作り始めるが、キミはどうする?」
「え?」
「小学生男子一人分なら増えても構わない。食べるか?」
「いや、帰ります……」
「そうか」
 冬沢さんはそう言ってキッチンに向かった。俺はコナン君に話しかける。
「来てくれたけどゲームも何も無いんだよ。トランプでも買っておいたら良かったんだけど」
「大丈夫だよ!」
「そうかな」
「遠崎君、彼を出会った処まで送って来た方が良い。今帰れば暗くならない」
「あ、そうなの?」
 来てくれたばかりだが、確かに暗くなる前とするともう帰った方がいいかもしれない。コナン君を見ると、冬沢さんの背中をじっと見ていた。冬沢さんの後ろ姿はコートを着てない分、小さい。
「どうかした?」
「ううん。何でもない。遠崎さん送ってくれる?」
「来てくれたばかりなのにごめんね」
「大丈夫!面白かったよ!」
「そう?」
 小学生の感性は分からないなと思いながら、冬沢さんに見送られて、俺は立ち上がってコナン君とボロアパートの一室を出たのだった。

 出会った場所までコナン君を送り、俺はまた帰る。夕飯は作っている最中だった。なのに、冬沢さんは俺が帰ってくると調理の手を止める。珍しいことだ。
「どうしたの」
「そこに座れ」
「アッハイ」
 言われるがままに座ると冬沢さんが俺の背中に手を伸ばした。何だろうと見ていると、何かを掴み、離れ、しげしげと見つめた。そこには小さな機械があった。
「エッ」
「レンズが無い。カメラではないな。盗聴器の類か」
「ええええ?!」
「私に盗聴器を仕掛けるなら放っておくが、遠崎君は困る」
「は?!」
「壊し方が分からないな。とりあえず潰すか」
「え、ちょ」
 冬沢さんはそう言うと鉄のフライパンを手にして、ステンレスのキッチンのかと角とフライパンでその機械を器用に潰した。数回、ガンガンと繰り返す。
「これで良いか」
「ちょっと?!なにこれ?!」
「盗聴器の類だろう」
「何で……」
「付けられたんだ」
「誰にだよ」
「知らん」
 窓を開けて潰した機械を投げ捨て、何事も無かったかのように夕飯作りを再開した冬沢さんに、俺は話しかける。
「何で俺に?!」
「恨み、妬み、何かあったんだな」
「身に覚えがないですけど?!」
「まあ、無いだろう」
「じゃあ何で」
「可能性が高い人はいる」
「エッ」
 誰だよと言えば、まあそのうちなと返ってくる。全く返事になっていないが、冬沢さんはそれより夕飯だと作業を続ける。その様子から、とりあえずは放置なのかとため息を吐いた。
 にしてもまさか。
「この町が事件多いからって巻き込まれるとか」
「人生何が起こるか分からんからな。皿を出せるか」
「ハイ」
 皿を二枚出して並べると、そこに入れられた野菜炒め。良い香りが漂っていた。
「とりあえず飯だ。栄養を取らなければ思考が鈍る」
「いつもそう言うよな」
「事実だろう」
 そして、そうだなと冬沢さんは付け足した。
「遠崎君は素直だな」
「待って何が?」
「アハハ」
 笑っただけで何も言わず、冬沢さんは作ったスープをお椀に入れたのだった。


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