第1話:ここはどこだ

【男主視点】

 ここはどこだよ。
「時間は昼頃、見知らぬ街中、カフェがあるな」
「見ればわかります」
「看板が読めん」
「なんか英単語ですかね」
「フランス語だろう」
「うっそ分かるの?!」
「意味は分からん」
「ええええ」
「カフェで店員に話でも聞いて時計を合わせよう。腹拵えもしたい。見知らぬ土地では情報収集が基本だ」
「アッハイ」
 ということで俺は冬沢さんに連れ去られるように、見慣れないカフェに入った。
 店内は観葉植物が置かれて、白が基調の空間だった。冬沢さんをちらりと見ると、いつものポーカーフェイスだった。しかも店員に人数を伝え、席の確保を頼んでいた。ちゃっかり時間も聞いてスマホを合わせている。俺はそのスマホがサブ機だと知っている。

 案内された一番奥の四人席に、二人で向かい合って座る。テーブルの色は黒。椅子は白。モノクロだが、白が多い空間だ。
「遠崎君は何を頼む?」
「腹減ったからサンドイッチとか……」
「そうか、軽食とコーヒーか。セットにしよう」
「アッハイ」
 冬沢さんは店員を片手で呼んで注文をした。

 商品はすぐ来た。のだが。
「冬沢さん腹減ってないの」
「私がいつ腹減ったと言った?」
 確かに言ってはいなかった。冬沢さんの前にはティーカップとポット等の紅茶のセット。俺の前にはレタスと卵のサンドイッチとコーヒーだ。
「遠崎君は腹が減っただろうと思ってな」
「うわあ気遣いありがとうございます」
「成長期はそんなものだ」
「だからそれ個人差あるって言ったよな」
「アハハ」
 男みたいに笑って、冬沢さんは紅茶を淹れた。赤い色が白いティーカップに鮮やかだ。
「時に遠崎君」
「ハイ?」
「偶然とは何だと思う」
 また始まった謎の発言に俺は瞬きをして固まる。何の話だ。
「偶然は偶然だろ」
「定義しろ」
「え、分かんない」
「それなら私の定義を話そう」
 冬沢さんは紅茶を飲んだ。
「偶然とは、予想できない事態を指す。偶然と判断した事態には、よく考えれば理由がある。つまり必然だ」
「ハイ?」
「バスに十人の人が乗っているとしよう。そこに乗り合わせた十人は偶然か?」
「たぶん」
「違うな。彼らに何の理由があるかはあまりに選択肢が広すぎるが、彼らは何らかの理由により同じバスに乗り合わせた。それが、寝坊したからとか、待ち合わせがあるからとか、であってもだ」
「程度に差があれど、皆に理由があるってこと?」
「そうだ」
 つまりと、冬沢さんは色の薄い唇を弧に形作った。
「何が起きても慌てるな」
「え?」
「余計な動揺は誤解を招く」
「何言ってんの?」
 普段の行いを思い出せよと呆れてツッコミを入れようとして、叫び声。

キャアアアア!!
人が血を吐いた!!
救急車を呼べ!
事件だ!

 カフェの入り口付近からざわめきが一気に広がる。俺は混乱して冬沢さんを見た。冬沢さんは、二口目の紅茶を飲んでいた。
「言っただろう。慌てるな。ロクなことがないぞ」
「冬沢さん、なんで分かったんだよ」
「店に入った時からおかしかっただろう」
「分かんねーよ?!」
「街を歩く人の傾向からして今日は土曜か日曜。カフェの入り口付近の四人席に男女が二人。両方がスーツ。カバンは大きさに対して中身が少ない。そして、男性の指にだけ指輪がある」
「は?!」
「恋愛のトラブルだろう。放っておけ」
「人が倒れてんだぞ?!」
「救急車が呼ばれただろう」
「でも」
「まあ、今聞こえてくる話からすると、助からんようだがな」
「何言って」
「警察が来る。遠崎君は素直に話せばいい。私はそれに合わせる」
「アドリブの塊!!つかホント、何が」
「落ち着けと言っただろう」
 呆れた目を向けられて混乱する。俺が間違ってるのか。でも冬沢さんの洞察力は明らかにおかしい。いつもの事だけども。

 ぐるぐると考えていると、トコトコと足音がした。
「おねーさん!」
 驚いてそちらを見ると、小学生ぐらいの男の子がいた。黒縁眼鏡と丸い青の目が印象的だった。
「どうしたの?」
 冬沢さんはいつものポーカーフェイスを柔らかな笑みに変え、滑らかな声を器用に柔らかくして応えた。少し目線も合わせるようにしている。
「さっきから声がして驚いたんだ!」
「ああ、よく聞こえたね。全く、驚いたよ」
「うん! おねーさん、あの人が倒れるって分かってたの?」
「さっき血を吐いた男性だろう? 吐血はあまり良くないね。確か、三回で死ぬとか。キミは怖くないのかな?」
「僕も怖いよ! 吐血が三回かは知らないけど……でも、おねーさん、落ち着いてるね」
「アハハ、連れが慌てるからな、逆に冷静になったんだよ」
「そうなんだー」
 嘘だろ。俺はドン引きしながら冬沢さんを見た。相変わらずの詐欺師だ。全くの嘘は言っていない筈だが、何も答えてはいない。肝心なことは喋らない。それをテンポよく交わしている。間違いなく詐欺師だ。
「おねーさん達この辺じゃ見ないね?」
「少し遊びに来たんだよ。キミはこの辺りの人かな?」
「うん! おねーさん達は大学生?」
「よく分かったね。大学3年生だよ」
「どこの大学なの?」
「A大学だ」
「聞いたことないなー」
「あまり売り出してないからね。人も少ない」
「そうなの?」
「私としては広告費をもう少し出してもいいと思うよ」
「へえー」
 嘘ではない。嘘ではないのだろう。答えてもいるけど、それが本当のことかと言われたら果てしなく怪しい。詐欺師が極まっている。
 信じられない気持ちで冬沢さんを見ていると、やけに楽しそうだと気がついた。
「コナンくーん」
「あ、呼ばれちゃった」
「そうか、お姉さんかな? 早く行ってあげた方がいいよ。大人は子供を心配するものだ」
「うん。あ、おねーさん、首に何かついてるよ」
「フム。しかし呼ばれてるなら行った方がいい。私なら平気だ」
「そう?」
「コナンくん!」
「あ、」
 すみません、と美人な女の子がやって来た。美人だと思っていると、冬沢さんがその子に笑顔で男の子を引き渡す。男の子は少し不満そうだった。
「これからお互い警察に絡まれることになるだろう。キミも早く帰れるといいな」
「ええっと私はお父さんが……でもあの、お姉さん達も早く帰れるといいですね」
「女の子や子どもは遅くなる前に帰るといい。お父さんにもそう伝えるんだよ」
「はい。ありがとうございます」
 そうして離れていく美人の女の子と眼鏡の男の子。冬沢さんは笑顔のままで言った。
「とりあえずそのサンドイッチは無事だから早く食べることをオススメしよう」
「うわあ」
 美人と子どもは可愛いと笑った冬沢さんはいつもの詐欺師だった。
 サンドイッチとコーヒーは美味しかった。

 それから警察が来て、少し事情を聞かれて、何とか解放された3時過ぎ。俺と冬沢さんは、カフェを出て会話した。
「これからどうするか」
「てか此処はどこだよ」
「米花町というところらしい。カフェの名刺を持ってきた」
「それは名刺じゃない。いつの間に貰ったんだよ」
「入り口に積まれていただろう」
「知らない……」
 金はあるから安いホテルに一時的な拠点を置いて、バイト先を探せばいい。冬沢さんはそう言って歩みを早めた。というか。
「米花町ってどこ?!」
「知らん」
 でも此処は米花の町だと冬沢さんは歌うように言った。

 そんな俺たちを鋭い目で見る小学生になど、気がつかずに。

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