10:問答


 晩春の月末、仕事の合間を縫って確保した時間。風見は細心の注意を払って、阿笠邸に立ち寄った。
 博士は今、手が離せないの。出迎えた灰原はそう言うと、風見をソファに座らせた。
 向き合い、飲み物を並べる。申し訳程度のもてなしすら風見は受け取れないし、その事を灰原は理解していた。それでも、二人は形式を重んじた。

「典型的な守り刀ね」
 唐突に放たれた言葉に、風見は応える。
「きみこそ」
 例外であり、例外らしい刀。それが風見と灰原であった。

「声がすると言ったのね」
 風見が近況をぽつぽつと話せば、灰原は確認するように繰り返した。
「そうだ」
 その通りと風見が肯定すれば、灰原は呆れたように視線を流した。
「そう、むしろ私が聞きたいものよ」

 貴方、聞こえないの?

「どういうことだ」
「どうも何も。私も、彼も、江戸川君も、皆聞こえている筈よ」
「何が聞こえるんだ」
「……そうね」
 灰原は口を閉じる。向かいの席で迷うように視線を彷徨わせてから、刀を取り出した。とぷりと影から取り出された血色の刀が、少女の手に収まっている。
「刀を振るう度に、ええ、私は自分で振るう訳ではないけれど、でも、振るう度に聞こえるわ」
「なにが」
「"父の声"が聞こえる」
 風見は眉を寄せた。灰原は続けた。
「父は言うわ」

総てを終わらせよ

「全て?」
「ええ、総てを」
 灰原は刀を仕舞った。影が揺れるのを視界にうつしながら、風見は続けた。
「終わらせるのか」
「ええ、その様に伝えられているわ」
 茶色の髪が揺れた。少女の皮を被った女は小首を傾げ、貴方はどうなのと鈴の鳴るような声を発した。
「貴方は何の為に刀を持つのかしら」
 すうと笑んだ灰原に、風見は手を握りしめた。

「刀を持つならば、常に清く正しくありなさい」
「……」
「その刃が己の血で濡れたりしないように」
「……」
 そうだ、その様に母は言っていた。
「争いを止める為に」

 燃える刃を自覚しながら、風見は灰原の目を見た。互いの視線がぶつかり合い、絡み合い、伏せられる。
「そう」
 随分と、大層な事。灰原は歌うように言う。そして、そろそろ博士が戻るからと溢して、ソファから立ち上がった。

 残された飲み物は湯気の消えた紅茶だった。


………


 蘭の手には槍がある。
「太陽と月」
 時計の長針のように槍は回り、蘭はその中心に立つ。
 部屋は狭いのに、槍は自由に回っていた。
「監視レベルを上げないと」
 美しい少女は指先で柄を撫でる。静かな部屋は、明けの光に染められた。


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