09:常と異なると書いて異常とする


 刀が舞う。

 降谷が刀から手を離した。刀堕ちの血色の刀が迫る。風見は視認すると一気に間合いを詰めた。
 ガッ。雑音が多い。欠けた刃と刃がぶつかることで、高い金属音にザリザリとした雑音が混じっている。
 風見は短刀を操る。否、短刀に操られているのかもしれない。考える前に守り刀はその役目を果たす。全ての攻撃を流し、防ぎ、風見自身を守る。刃は最初の打ち合いで、既に欠けている。
 燃えるような熱を掌に感じながら、風見は無心で刀堕ちを機能停止に追い詰めた。

 ガランと、赤い刀が落ちる。糸が極限まで緩められた刀堕ちをそのままに、風見は息を整え、降谷へと振り返った。後方に下がっていた降谷は刀を構え直し、素早く近付き、一心不乱に赤を折った。
 キラキラと美しい砂と成り、濡れた刀は消えていく。黄金とも硝子ともつかぬ砂にまみれた降谷を、風見はジッと見た。
「折らなければ」
 降谷は伏せていた目を、ボールのように開く。爛々とした目のままに、口を開いた。

裂かねば
砕かねば
殴らねば
斬らねば成らん
我、此れを折るモノ也

それは虚
我は虚を切るモノ也

君は我を使わねばならぬ
我は地を守護するモノ也

君が為、我が為
敵は前方に在り
敵は後方に在り
敵は目先に在り

血を吸い
血を浴び
血を得る

血染めの布を洗うが良い
血染めの布を纏うが良い

我は切る者
我は 天敵 を傲る者

「こえ、が、する」

─嗚呼、君が世は動乱の中


「降谷さんッ!!」
 風見は降谷の肩を揺さぶる。ガクガクと力任せに揺らし、それでも虚な目を確認すると、意を決して頬を平手打ちをした。パァンと派手な音がする。音と衝撃の割に、痛みは少ないはずだ。しかし、降谷は目に光を取り戻した。
 互いに息を整え、心臓を落ち着かせる。
「助かった」
「いえ、出過ぎた真似をしました」
 言葉とは裏腹に安堵の息を吐いた風見の前で、降谷は頭を振った。
「堕ちるところだった」
「そうでしたか」
 私にはそうは見えませんでした。風見が続けると、降谷は僅かに目を見開いた。
「どうして」
「解りません」
 何も知らない。何も解らない。だが、分かった。
「其れは降谷さんが恐れるものではありません」
 静かに言い切ると、降谷は数秒の間の後に、口を開いた。
「助かる」
 感謝の言葉を、風見は唯々受け取った。


 風見の胸に溶けた守り刀は、相変わらず燃えるように熱かった。


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