06:蘭


 ビルが爆破されたわけである。
 あり得ないと思うだろう。ここは米花の範囲である。風見は瓦礫を避けながら走っていた。次の爆破が予想されている。一般人の避難も、自分の安全も大事だが、何より犯行グループの工作員がまだ捕獲されていない。
 可能性が高い場所を脳内で弾き出し、懸命に走る。取り逃がすわけにはいかない。そして、外部との連絡は取れない。周到な事だと舌打ちしたい心を堪えて、風見は走った。

 しかし懸命になり過ぎたのだろう。角を曲がった隙に、風見は殴られた。転倒し、目が眩む。一人しか潜伏していないと思っていた工作員は二人だったのだ。

 角の先にいた工作員は一名。さらに一人が現れたかと思うと、少女を連れていた。大人しく連れられている少女は、毛利蘭だ。風見はそのことに気がつくと同時に、人質として纏められる。会話から読み取るに、工作員は二人きりであり、その二人で事を進めるらしい。言葉少なに作業を進める男性工作員二名を横目に、風見はちらりと蘭を見た。
 蘭は静かに男たちを見ていた。いざとなれば彼女だけでも逃さなければ。そんな覚悟を決めたところで、風見を殴った方の男がずるりと空中から刀を取り出した。
 その刃は血で濡れている。
(刀堕ちか!)
 不味い事になった。風見が体を強張らせた瞬間、男の刃が、もう一人を切り裂いた。
「え」
 その声は、斬られた男か、風見の声か。

 肉塊への成り果てた男を見下ろし、刀堕ちの男は呟く。ああ、血が欲しい。
「……貴方はここに居てください」
「え?」
 蘭の小さな声を、風見は正しく拾い、困惑した。冷静な顔をした少女の目に確かな憎悪を見ると、風見は息を飲む。蘭が氷と炎を纏めたような顔で一度頷くと、人質として自分たちを縛っていたロープがはらりと落ちた。
「まだ堕ち切っていない刀堕ちは厄介ですから」
 少女は立ち上がる。

 槍だ。それも、短槍と呼ばれる代物。鋭い刃が光を放つようだった。
 気配を感じた男が振り返る。蘭を見た彼は面白そうな顔をしたが、次の瞬間には目を見開いた。真逆と叫ぶ。
「まさかお前! 勝利の劔!!」
 ブンッと強く風を切る。
「そうとも呼ばれます」
 蘭が地を蹴った。

 カッと金属が当たる。鈍い音がする。ドンッと衝撃音が響き、槍が宙を切る。男は何とか急所を守ったが、腹を殴られたことで唾を吐いた。
 雄叫びを上げて、血の刃が蘭へと斬りかかるも、彼女は体幹を利用して避け、むしろ反動を利用した反撃を叩きつける。

 さて、槍の攻撃とは、突く、切る、殴る、刺すといった所だろう。しかし、蘭の槍術は違った。まず第一に、彼女は槍に頼った戦い方はしなかった。基本は彼女自身の力、体術だ。

 男が地に伏した決め手は、槍を投げ捨てた蘭の背負い投げだった。完全に目を回した男から刀を奪い、蘭は瓦礫に刀を打ち付けた。血に濡れた刀がばきりと折れる。ざらざらと目の荒い砂が崩れるように刀が消えるのを見届けると、蘭は振り返った。
「よかった。終わりましたよ」
「あ、ああ」
 何とか返事をした風見に、刀持ちを知っていると察したのだろう。蘭は苦笑をし、槍を見せるように軽く振った。
「これは正統槍・裏・夕です。一部からは勝利の劔とも呼ばれているみたいで」
「せいとうそう、うら、ゆう……」
「真名ですね」
 そうして宙に槍を溶かした蘭は、さてと息を吐いた。

「この人が目覚める前に、警察に引き渡さないと。あの、手伝ってもらえますか?」
「分かった」
 一先ず衝撃を受け流すことにした風見は返事をし、頷くと立ち上がり、男を運ぶ為に動き出したのだった。


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