帝丹小学校音楽室にて
 
 いやなんていうか何が起きてるの?

 わたしは小川 智恵。今年9歳になった小学3年生だ。勉強は嫌い。ちょっと難しい本を読むことと、動画を見るのが好き。
 さて、わたし達は何やら他の世界に来たみたいだけど、クラスメイトも友達も変わらなかった。だからまあいいかと思っていた。ちょっと喫茶店のお手伝いをしなくちゃいけないけど、それぐらいだった。

 で、冒頭に戻る。

「ねーちゃんすごいな!」
 すごいと三人の一年生さんが目をキラキラさせている。わたしはピアノを弾いただけだ。大したことはしていない。現に今だって後ろの二人の一年生さんは微妙な目をしている。
 わたしはピアノが上手いわけじゃない。先生に習ったことはない。全部、お姉ちゃん、それも密紀お姉ちゃんが教えてくれただけだ。
 密紀お姉ちゃんはわたしに基礎を叩き込んでくれたのだろう。でもプロじゃないから、それだけだ。これ以上学ぶのなら先生に相談しなさいと言われている。わたしには必要ないことだった。

「お姉さんの名前は何ていうの?」
 女の子が問いかけてくる。
「わたしは智恵だよ、小川智恵」
「小川さんですね!」
 男の子が言った。小川さん小川さんと、わたしの苗字を呼んでいる。少し気恥かしくて、わたしはいいよと頭を振った。
「智恵って呼んで」
「智恵さん?」
 元気な女の子が首を傾げた。敬称なんてつけなくていいのに、わたしは少しだけ面白かった。
「みんなの名前は何ていうの?」
 そうして教えてもらった名前は、忘れられないような名前だった。

 特にコナンくんである。

(密紀お姉ちゃんが死神とか言ってなかった?)
 というか映画も見た。名探偵コナンというシリーズの映画で、タイトルは忘れた。漫画をバラバラに買っていて、まとめて買えばいいのにと呆れたのも覚えている。
 で、目の前にいるのがその作品の主人公の、コナンくんらしい。

「智恵さんどうかしたの?」
 コナンくんがこちらを見てきた。瞬間、深入りしない方がいいのだと分かった。彼の目は少し怖い。わたしはあまり、人との交流が得意ではないからだ。
「ううん、何でもないよコナンくん」
 わたしは笑みを浮かべた。ぎこちない笑顔だったのか、五人は変な顔をした。
「智恵さん、ちょっとだけ昔の哀ちゃんに似てるね」
 女の子、歩美ちゃんが言った。哀ちゃんは、そうかもねと頷いた。ちょっと目が怖かった。

 怖い。コナンくんと哀ちゃんは怖い。わたしはぎゅっとスカートを握りしめた。今日は清花お姉ちゃんが珍しく褒めてくれた、赤いチェックのスカートだ。わたしの黒い髪と赤っぽい茶色の目によく似合うだろうと、ぶっきらぼうに言ってくれたのだ。
「……ごめんね」
 コナンくんが視線を和らげて、眉を下げた。気がつくと、哀ちゃんと二人で気まずそうにしていた。
 わたしは目を丸くする。何かあったのだろうか。でも、もう怖くないと分かった。

 学校のスピーカーから最終下校時間の音楽が流れ始めた。今日は学校のグランドピアノが弾いてきたいと言ったから、家の人は心配しないだろう。でも、これ以上はとわたしはピアノを閉めた。
「わたし、帰るね」
「一緒に帰りましょう!」
「でも……」
「ボク達は音楽の先生とお話しすることがあったんだ。だから遅くまでここにいて、たまたまピアノを聴いたの。一人は危ないからみんなで帰ろうよ」
 コナンくんがさらさらと言うと、皆が賛成した。わたしは頷きを返して、スマホを取り出す。メッセージアプリで家族グループに、皆と帰ると伝えた。すぐに密紀お姉ちゃんが、気をつけてねと返信をくれた。
 確認をすると、哀ちゃんがそれならと言った。
「博士のところに寄ると伝えればいいんじゃないの?」
「博士って?」
「あの子達、もうそのつもりよ」
「……へ?」
 五人のうち、元気いっぱいな三人がにいっと笑う。

 智恵さんと、三人は声を揃えて言った。
「「「少年探偵団に入りませんか!」」」
「えっ」
 それは何だろう。とても嫌な予感がする。主に、密紀お姉ちゃんが精神の安定の為に見ることを拒むニュース番組とかが、関係している気がする。
 なお、密紀お姉ちゃんはネットニュースと各種新聞でニュース系の情報を集めているらしい。

 困っていると、コナンくんと哀ちゃんが、いつでも良いよと助け舟を出してくれた。
「一緒に遊んだりしているんだ。気が向いたら、博士の家まで来てくれる?」
「博士の家は、米花町2丁目21番地よ」
「米花町なの?」
 それならわたしの家もだよと伝えた。
「わたしの家も米花町にあるの」
 案外とても近くに住んでいるのかもと笑えば、コナンくんと哀ちゃんは一瞬だけ目を見開いて、そうかもねと笑ったのだった。



- ナノ -