蘭姉ちゃんと喫茶7番目
 
 蘭が喫茶7番目を知ったのは偶然だった。父である毛利小五郎が変な顔をして、そういやあのナナの店はまだあるのかとぼやいただけだ。蘭は気になってクラスメイトに聞いた。そうしたら喫茶7番目に行き着いたのだ。

 蘭は一人で喫茶7番目の前に立っている。日光を取り込む窓から見える店内には、人がまばらにいた。シックな内装だが、堅苦しくは無さそうだ。蘭は意を決して入店した。
「いらっしゃいませ」
 大学生ぐらいの女性店員が声をかけてきた。偶々出入り口近くの席にある食器を片付けていたのだ。
「お一人様ですか?」
「えっと、そうですけど……」
「カウンター席はお好きですか?」
「ええっと」
「それなら此方へどうぞ」
 店員は黒いエプロンと白いシャツ、黒のスラックス、黒い靴を履いていた。黒い髪を一つにまとめている。真っ黒な目が蘭を見た。
「テーブル席です」
「ありがとうございます」
 蘭は素直に二人席に座った。店内の少し奥、窓からは見えない位置だった。店内はほんのり暗い。日光が差し込まない場所にはオレンジ色の光が満ちていて、各席に小さなランプがあった。ランプを付けると、白い光が手元を照らした。
「メニューは此方です」
「あ、はい」
「いつでもお呼びください」
 メニューと水と手拭きを置いて、店員は離れていった。

 蘭がケーキセットに決めた頃、店内はやはりまばらに人がいて、少しだけざわざわとしていた。店内は禁煙なんだなと、ふと思った。
 店員を呼び、ケーキセットを頼む。値段は学生向けだった。

 置いてある雑誌や小説、漫画、画集などを見ていればすぐにケーキセットが運ばれてきた。選んだケーキはシフォンケーキ、飲み物はアールグレイだ。
 シフォンケーキはふわふわとしていて、甘みが強かった。紅茶は豊かな香りがし、渋みが少ない。蘭は素直に美味しいと思った。

 ふと、新たに夫婦らしき二人組が入店した。茶髪の若い女性の店員がパタパタと駆け寄る。
 何か言葉を交わし、店員はカウンターを見た。
「お父さん、田中さんのお子さんが来た!」
 店中が喜びに満ちる。夫婦の腕の中には、よく見ると赤ん坊がいた。

 途端に店内に置かれたオルガンに小さな女の子が駆け寄る。9歳ほどの女の子もまた、店員らしく白いシャツに黒いエプロン、赤いスカートを履いていた。
 拙い祝福のメロディ。おめでとうと客が拍手した。メロディはすぐに終わり、夫婦は予約席の札があった席に通された。
 店主の妻らしき女性店員が若夫婦の対応をしている。若い二人の店員はパタパタと他の仕事をし始めた。小さな店員は店の片隅で絵本を眺めている。
 ささやかな特別を演出しつつ、いつも通りに店は回っていた。素敵なお店だな。蘭は素直に思った。

 お茶を終えて、会計をして、外に出る。最後に対応してくれたのは黒髪黒目の女性店員で、名札には清花とあった。茶髪茶目の女性店員は密紀、小さな店員は智恵。店長は修一、妻らしき店員は裕子だった。
 家族経営だなと思った蘭は、今度は園子と来ようと、喫茶7番目のカードをカバンに入れたのだった。



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