オルガンアレンジ曲
裕子はあまり喋らない。それでも実はバッサリさっぱりした性格だ。大和撫子など、とんでもないと修一は笑う。
「裕子さんは間違いなく、じゃじゃ馬だ」
実はキャリアウーマンだった裕子を知る者は、案外少ない。
本日の収支、事務作業をしている裕子のタイピングは速い。あっという間にまとめた裕子は、ため息ひとつ吐かずに席を立った。
「おつかれ様です」
長女の密紀が母のためにと紅茶を運ぶ。わざと薄めに作った軽いミルクティーは裕子の好物だ。
「いつも言うけど一日に何杯も飲まないでよ」
「一日に三杯までと決めているわ」
「お母さん、お腹が弱いのに」
「壊した時はその時ね」
知らないよと密紀は笑って、智恵の待つフロアに向かった。
スタッフルームの隅、事務机で裕子は静かにミルクティーを飲む。そして机の隅に置いた秘蔵のチョコレートを口にした。
本日の秘蔵チョコはドイツ産の高カカオチョコレート。夫の修一からのプレゼントだ。
チョコレートとミルクティーを堪能しているとあっという間に時間は過ぎる。裕子は空のマグカップを持って席を立った。
オルガンを教えていた声も止まる。密紀はいつもの時間に切り上げたようだ。
「お母さん」
智恵が、スタッフルームを出た裕子に駆け寄る。
「今日から新しい曲を練習するの。映画の曲でね」
「そう」
「映画、見てみたいな」
「いいわね」
その事を教えたのは密紀だろう。ならば平気だと、裕子は頷いた。
「密紀、レンタルを頼める?」
「任せて」
嬉しそうに笑った智恵に、密紀は歌うように続けた。
「清花も観たがっていた映画だもの」
途端に智恵が変な顔をしたが、長女は一切気がつかない様子で楽しそうに明日の計画を立てていた。
その姿を見た裕子は、三姉妹って大変だなと現実逃避をした。