レモンケーキスペシャル
 
「喫茶7番目?」
「いいところだと思うよ。園子もどう?」
「うーん」
 蘭が言うならと、園子は喫茶7番目に出向いた。

 土曜日。二人が扉を開くと、いらっしゃいませと茶髪の女性店員がやって来た。名札は密紀である。
「何名様でしょう?」
「二人です」
「ではこちらへどうぞ」
 蘭と園子を案内した密紀は流れるような動作でメニュー表や水を置いていく。
 手慣れてるわねと、園子は水を口に含む。そして目を見開いた。
「これ、果実水?」
「え、ほんとだ」
 いつもと違うみたいと蘭が呟くと、密紀が笑う。
「お父さんがレモンの仕入れを間違えたので、今日はレモン水なんです。使っても使いきれなくて。数日間の特別メニューとしてレモンケーキもありますよ」
「もしかして」
「あれですか?」
 壁に貼ってあるチラシを見た二人に、密紀は頷いて返事をした。

 薄い黄色をしたケーキが蘭と園子の前に運ばれてきた。固めのスポンジ、その上にレモンクリーム。
 二人はそっと口にケーキを運んだ。ぱっと顔を明るくする。
「美味しいわね」
「本当に」
 一緒に注文した紅茶も二人を楽しませる。穏やかな土曜日。昼下がりの店内に、レモンの香りが漂っていた。


………


 次の日、園子は一人で喫茶7番目にやって来た。昨日と違う店員、清花が園子をカウンター席に案内した。
 カウンター席は店主が直接対応してくれる。レモンケーキと紅茶を注文すると、嗚呼と納得した顔をした。
「密紀がオススメしたんですね」
「え、いや、そう言うわけじゃないですけど」
「あの子が見初めたお客様は紅茶を必ず頼みますからね」
 見初めたという言葉に園子が苦笑すると、冗談ですよと店主は笑った。
「カフェオレもレモンケーキによく合うと思いますよ」
「うーん」
「はは、お喋りなものですみません。紅茶なら俺では役不足です」
 おういと店主が声をかける。密紀がスタッフルームから顔を出した。すぐに、紅茶ですねとカウンターに立つ。

 店主の修一と密紀がカウンターに立った。密紀は昨日とは違い、シャツの上に黄色のカーディガンを着ていた。
「今日はお休みなんです」
「え?」
「裏には待機しているんですけどね」
 サクサクと茶葉を計量し、沸騰したばかりの湯を、温めたポッドに注ぐ。蓋をし、砂時計を動かすと、笑った。
「紅茶を淹れる専門ですよ」
 お嬢さんはラッキーかもしれませんと、密紀が楽しそうに言った時を狙って、店主がレモンケーキを園子の前に置いた。

 園子の目の前で淹れられた紅茶は豊かな香りを漂わせていた。一口飲むと、園子はふっと息を吐く。色が濃く、レモンケーキに負けない香りに、やはりと園子は声を発した。
「密紀さんがブレンドしたんですか?」
「はい。レモンケーキ用に、少し。そんなに分かりますか?」
「日本的ですよ」
「舌に合うようなら良かったです」
 密紀は笑う。園子も微笑んだ。こだわりが効いた紅茶は、おそらく彼女にしか淹れれない。爽やかなレモンケーキに負けず劣らず、よく似合う。



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