ささやかに信じましょう
 
 雨の日に和葉ちゃんが来店し、私を見るとパッと顔を明るくした。
(エッ可愛いね??)
 どうも、長女の密紀です。

 和葉ちゃんは今日は美術館のチケットを持っていた。席に案内し、メニューを渡す。
「こちらになります」
「あの! 店員さんのおススメはありますか?」
「私の、ですか? そうですね、今日は肌寒いのでホットの飲み物がおススメです」
「ミルクティーですか?」
「そうですね、他にもありますが……」
「ミルクティーならお姉さんが淹れてくれるんやろ?」
 にこと微笑まれて、私はそうですねと笑みで返す。内心は驚愕の可愛さに泣いていた。
「では、ミルクティーでよろしいですか?」
「はい! あと、あそこのケースのクッキーを一つで!」
「かしこまりました」
 サラサラと注文票を記入し、カウンターの指定の位置に置く。

 クッキーの用意をしてから殊更丁寧に紅茶を淹れる。ミルクは市販のものより濃いものを注ぐ。たったこれだけで水っぽさが減るのだから、やめられない。そもそもミルクティーの本場であるイギリスでは、日本よりずっとミルクが濃いのだ。

 和葉ちゃんにミルクティーとクッキーを運び、私はごゆっくりどうぞと伝えて離れる。

 雨の中、訪れる客はどこか沈んでいたりもするから、いつもより注意が必要だ。さっきの和葉ちゃんも緊張した面持ちで来店していた。何かがあったのだろう。それを聞くことはしないが、私の紅茶や接客で一時的にでも気が楽になってくれるのなら、嬉しい。

 ぱたぱたと接客をしていると、ふと和葉ちゃんと視線が合う。どうされましたかと近寄ると、実はと緊張した面持ちで告げられた。
「喧嘩、してもうて」
「喧嘩ですか?」
「はい」
 そうですかと、私は顎に手を当てる。喧嘩したとなると、服部平次だろうか。不器用そうだからなあと、微笑ましくなる。
「どのような喧嘩かは存じ上げませんが、」
「はい……」
「お客様がそれだけ相手のことで落ち込んでいらっしゃるのです。きっと大丈夫ですよ」
「へ?」
 目を丸くする和葉ちゃんに、私は柔らかな笑顔を心がけた。
「雨は人の気持ちを不安にさせます。だけど、それだけには思えません。お客様はきっと、その相手が大切なのですね」
 愛って素晴らしいなと思っていると、和葉ちゃんは眉を下げた。
「ホンマやろか」
「ええ、きっと」
 すみませんと、和葉はぽろぽろと堪え切れない涙をこぼして、気合いを入れるように手を握りしめた。

 ぐいと和葉ちゃんが顔を上げる。
「ちゃんとっ、謝ってきます。店員さん、ありがとうございます!」
「いいえ、頑張るのはお客様ですよ」
 そう伝えたところで呼ばれたので、私は注文を取りに和葉ちゃんのテーブルから離れたのだった。



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