夜中の来訪者
降谷は夜中に米花町を歩いていた。久々の休日に、ふらりと行きたい場所があった。
喫茶7番目の扉の前に立つ。流石に開いていないかと降谷は落胆した。
特に通い詰めているわけではないが、何度か変装をして来たことがある喫茶店だ。この間も安室透として来たことがある。不思議と、懐かしい日本を感じる店だと、降谷は感じている。
少しだけ休みたかった。しかし空いていないなら仕方ないと、降谷は扉から離れた。
瞬間。
「おにいさん?」
窓からひょこりと女の子が顔を出した。喫茶7番目の看板娘、智恵だ。
降谷は驚きながら、こんな夜中にと考える。何かあったのだろうかと、声をかけた。
「夜は寝る時間だよ?」
「知ってるよ。でも、オルガンが弾きたかったの」
「オルガン?」
電気のオルガンなのだと、智恵は言った。
「ヘッドフォンをして弾くの。そうすれば音が外に出ないよ」
「へえ、そうなんだ」
「おにいさんはどうしたの?」
「僕はちょっと疲れただけさ」
休憩したかったのと問われて、はたと気がつく。自分は幼い女の子に何を話しているのだろう。
しかし智恵は不信感などは持たず、ゆっくり休んでねと心配そうに言った。
「わたし、そろそろ戻るね」
「気をつけて」
「うん」
バイバイと手を振って、智恵は窓を閉めた。
残された降谷は、さて帰るかと踵を返した。だが、ぽんと音がした。思わず立ち止まると、静かなオルガンの音が聴こえてきた。
ピアノ曲だ。小学校の教科書に載ってそうな分かりやすい旋律。しかし、あまりに滑らかな音の繋がりは智恵の手ではなかった。
奥に大人がいたのだ。降谷は安心して歩き出す。
米花の夜は今日も過ぎていく。降谷は、誰があのオルガンを弾いているのか、気になった。