チケット一枚、ドリンク一杯
 
 和葉が喫茶7番目に来たのは偶然とも言える。
 たまたま、チケットを見せるとドリンクが一杯無料になる喫茶店があるのですよと、博物館の学芸員が教えてくれたのだ。今時珍しいサービスだと思いながら、しかも場所は米花町だと聞いて興味が湧いた。
 ココアでも飲んだら蘭ちゃんのところへ行こうと、和葉は地図を頼りに喫茶7番目へ来た。

 カランと扉を開くと、名札に密紀と書かれた店員がやって来た。明るい茶色の髪を一つに束ね、明るすぎて黄色にも見える茶色のグラデーションが鮮やかな目で真っ直ぐに和葉を見た。
 ちなみに白いシャツと黒いスラックス、黒いエプロン、茶色の革靴を履いていた。メンズにも見える革靴だった。
「いらっしゃいませ」
 お一人ですかと言われて頷くと、和葉の手元を見てからこちらへと通される。そこは二人用のテーブルで、お荷物はこちらにと籠を床に置かれた。
「メニューはこちらです。今、水をお持ちします」
「あの、」
「はい」
「このチケットなんですけど」
「ああ、チケットですね。○×博物館ですか、良いところだと聞いています。ドリンクはそちらのメニューの、赤いシールが付いているものからお選びできますよ」
「ありがとうございます」
 店員は水を持ってくる為に離れていく。和葉はメニューとにらめっこをする。手描きのイラストはあるが、写真はないメニューだ。どうしたものかと思いつつ、無難にレギュラーコーヒーかなと考えていると、水が音も無く机に置かれた。
「あ、ありがとうございます」
「決まりましたらお呼びください」
「いえ、その、レギュラーコーヒーで」
「よろしいのですか?」
「え?」
 店員のきょとんとした目と、和葉の丸い目が交差する。店員は失礼しましたと苦笑し、告げる。
「温かく、甘い飲み物がよろしいかと思いましたので……」
 遠方から来られたのでと、店員は申し訳なさそうに言っていた。遠方からと判断したのは和葉の大きめのカバンと、博物館のチケットだろう。
「でも、ココアはシールが付いとらんし……」
「ココアは確かにそうですね。では、ミルクティーはどうでしょうか?」
「ミルクティー?」
「コーヒーよりは胃に負担が少ないと聞きます」
 店員の言い分はそれだけではないようだが、和葉はおススメを頼むのも良いだろうとミルクティーを注文した。

 やがて運ばれてきたミルクティーを飲んで、和葉は驚く。家で適当に淹れて飲む紅茶とは全く違ったのだ。
 癖のない、深い茶葉の香り。そこに深く濃いミルクが混ざっている。全く水っぽくないそれは、ロイヤルミルクティーとも呼べる気がした。

 休憩時間を楽しみ、会計をする。レジの対応は案内してくれた密紀という店員だった。
 会計を済ませてチケットにスタンプを押すのを見ながら、和葉は声をかける。
「とても美味しかったです」
「それは良かったです」
「ミルクティーってあんな味なんですね」
「少しこだわったのですよ」
 それだけですと微笑む女性には、どこかの令嬢にも見える余裕があった。町中の小さな喫茶店には似合わないとすら思うのに、この空間にピタリと合っていた。
「もしかして、店員さんが淹れたんですか?」
 半ば勘だったが、和葉の言葉を店員は嬉しそうに肯定した。
「紅茶は私の担当なので。喜んでいただけて嬉しいです」

 またのご来店をおまちしておりますと、背中に声を受けながら和葉は外に出た。
 蘭ちゃんに会いにいこうと思いつつ、米花町を歩く。蘭ちゃんに、先ほどの喫茶店で飲んだミルクティーの話をするのだ。
「素敵なお姉さんだったな」
 気遣いのできる素敵な人だった。和葉はぼんやりと、先ほどの密紀という店員を思い出したのだった。



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