風見+降谷+灰原/草餅とうどん/夢の友人シリーズ8
週末の駅。
晴れた日の夕方、赤味の強いオレンジ色に染まる駅のホームにいた。
郊外の無人駅。何故ここまで来たのかと言われると、人を頼っただけだとしか言えない。偏屈な人がいて、その人の人脈が必要だった。それだけだ。
電車に乗り、揺られる。子供達の騒ぎ声が聞こえた気がした。幻聴だ。電車には二人ほどしか人が見えない。
かつて、この電車には多くの人間が乗ったのだろう。シートや手すりに染み付いた人の気配が、ざわりと神経を撫でた。
「にいさんは何が食べたい?」
行商の婆さんが声をかけてきた。婆さんの傍らにある籠にはいくつかのビニール袋が見えた。
「何がありますか」
「草餅とぼた餅が残ってるね」
「草餅を一つもらえますか」
「10エンでいいよ」
「安すぎます」
「残り物を処分してもらうんだ。でも、タダではあげれねぇからね」
「分かりました」
十円硬貨と草餅と交換する。プラスチックの使い捨て容器にはひとつだけ、柔らかそうな草餅があった。
「毎度」
そうして、婆さんはお金を仕舞って、深く座席に腰を下ろした。
とりあえず妖怪の類ではなかった。そんな馬鹿げたことを思いながら、草餅を食べる。変なものが入っていても構わないと思った。ノスタルジーな、古い電車と夕日のセットの中にいるのだ。草餅ぐらい食べないとやっていけない。
餡子は甘ったるい粒餡だった。
………
電車を乗り継ぎ、バスに乗って、帰宅する。ベッドに倒れこむと、おいと声がした。誰だとは思わない。
「何してるんですか降谷さん」
「帰りを待ってみただけだ」
「テーブルの上にある書類なら明日まとめます」
「宜しい。で、お前なんでそんなに疲れてるんだ」
「片道3時間かかれば疲れますよ……」
「何時間でも張れるくせに」
「それとこれとは違います」
あと、訪ねた偏屈な人は、本当に変な人だった。何故か数時間に及ぶ陶芸体験をさせられたのだ。何故だ。
「飯は食ったか」
「草餅をひとつ」
「それは飯とは言わない」
「餅じゃないですか」
「今用意する」
「遠慮します」
「僕が作りたいんだ」
出来たら起こすと言われて、のろのろとスーツから部屋着に着替える。再びベッドに倒れると、すぐに睡魔はやって来た。
………
「随分と疲れているのね」
「この前と逆転したわけだ」
「いいじゃない」
少女は爪先で青磁のティーカップを撫でた。青とも緑とも言えない、不思議な色の茶器は、今日作らされた陶芸作品を思い起こさせた。
白い部屋の中、異色を放つ青磁の茶器。お茶菓子はフルーツサンドだった。
「よく眠るといいわ」
「それが、起こされるらしい」
「あら、大変ね」
「全くだ」
でも、楽しそう。少女が笑う。そうだろうか、苦笑が零れた。
………
名前を呼ばれる。
「風見、起きろ。夜食を作った」
「はい」
「食べたらシャワーを浴びろ。それから寝るんだ」
明日は休みだからと言われて、そうだったかなと思いながら、夜食を食べにリビングへ向かった。
うどんにネギにかき卵。簡単なものだと降谷さんは言ったが、充分だった。
「ありがとうございます」
「そこは【いただきます】だ」
僕も食べると、降谷さんは向かいの席に座ったのだった。
それぞれがうどんを掻き込み、汁まで飲み干した。風呂に入る間に、降谷さんが洗い物を済ませる。
さあ寝るぞと布団に並んだところで、ハテこの状況は何だと思ったが、心地よい満腹感から来る眠気に耐えられなかった。
(文句は明日だ)
今はお休み。自分に言い聞かせて、目を閉じた。瞼の裏では、夢の友人が笑っていた。