風見中心/隠れ鬼6終/夢の友人シリーズ15


 がさがさと音がする。風見は起き上がると、立ち上がった。目眩いは無い。薬が抜けたようだ。空腹感を無視して、小屋のぼやけた扉を開く。朝だ。先程の音は、あの白い男が消えた音だろうか。
 さて、帰ろう。風見が歩き出そうとしたとき、声がした。
「風見ッ!!」
「……ふるやさん?」
 安室の姿に、ぽかんと風見は溢した。言ったあとに青ざめて周囲を見るも、安室しか居ないようだった。
「帰るぞ」
 手を差し伸べられて、風見はハイと大人しく手を握った。これぐらいはいいだろうか。許されるのだろうか。そう思わなくもないものの、もうどうだって良いような気がした。朝露の、夏の匂いが胸いっぱいに広がっていた。


「風見さん見つかったんか?!」
 宿泊施設に戻ると、平次が信じられないという顔をしていた。昴が静かに安堵する灰原を支えている。和葉と蘭と園子も、良かったと安堵していた。子供たちはワッと盛り上がっていた。どうやら宿泊施設のほぼ全員が本館に集まっているらしい。心配をおかけしましたと風見が言った時、本館の扉が開く。
「あれっ、どうしたんですか?」
「皆さん集まって……」
 シゲさんとイズミさんが出勤したところだった。

 それがねと疲れ切った様子のキヨコさんが説明する。
「それがね、さっきまで風見さんが行方不明だったんだよ」
「いるじゃないか!」
「そうさ! だからさっきまでと言ったんだ」
 シゲさんとキヨコさんが言い合うそこで、ねえねえとコナンが口を開いた。
「イズミさんって婚約者がいるの?」
「え?」
 イズミさんが驚いて左手を見る。コナンはにっこりと笑った。
「当てずっぽうだよ! でも、居るんだね。旧家の娘さんだもんね、当たり前かな?」
「それは、そうね」
「指輪はどこにあるの?」
「指輪ならここにあるわ」
 そうしてポケットから素直に指輪を出す。プラチナらしきそれは間違い無くしっかりとした約束を持つ指輪だ。イズミさんのその行動に、そっかあとコナンは笑っている。
「じゃあ、これは?」
「え……」
 青い錠剤と白い粉。これはどちらも睡眠薬だよねと、コナンは言う。
「この睡眠薬を風見さんと歩美ちゃんに摂取させたんだよね?」

 第一の事件は歩美の行方不明事件だった。

「歩美ちゃんで薬の効果を実験したんじゃないかな。それで、さっきのボクみたいに当てずっぽうに量を増やした。だから風見さんは動けなかったのかな?」
「どうして、そんな事を言うの?」
「歩美ちゃんを襲ったのはイズミさんだとして、風見さんは難しいよね。いくらココアに睡眠薬を混ぜていたとしても、風見さんはそれを全部摂取しなかったし、昏睡状態の風見さんをイズミさんじゃあ運べないよ」
 だから、共犯者がいる。
「共犯者は上背から考えてシゲさんかなって。サネさんはお爺ちゃんだし、ムネさんは細いし、キヨコさんは女性だもん!」
 ね、どうかな。コナンは可愛らしく小首を傾げる。
「ボクくん。私は、そんなことしていないわ」
 そう微笑むイズミさんと、そうかなあと笑うコナン。助け舟は意外なところから出てきた。

「イズミさん、貴女は婚約者と不仲だそうですね」
 小五郎だった。買い出しの時に聞き込みをしたんじゃよと、同行していた阿笠が気まずそうに頬を掻く。
「私と、婚約者が?」
「しかも、シゲさんと恋仲だという噂もお聞きしましたが?」
「シゲさんと?」
 まぁなんて話。イズミは微笑む。シゲさんはそっと目を逸らした。
「その様子だと、シゲさんは本命ではありませんね。年齢から言いますと……風見さんと年が近いのではないですかな?」
 イズミがぴたりと動きを止める。小五郎は続けた。
「貴女は風見さんに恋をした。しかし、自分には恋人もいれば婚約者もいる。風見さんを手に入れるには」
「奪うしかないと?」
 そう続けたのは安室だった。
「風見さんに薬を飲ませて、小屋に閉じ込めて……殺すおつもりだったんですか?」
「まさか! 殺すつもりなんてありませんでした。ただ、少し困らせたかっただけよ。だって、私、初めて彼を見た時から虜だったの」
 イズミは夢見るように続けた。
「そう、探偵さんの言う通りです。私が、シゲさんに頼んだんです」
「睡眠薬はどこから入手したんですか?」
「かかり付けのお医者様ですよ。私が少し眠れないと言ったら下さいました」
 あーあ、バレちゃった。イズミは言う。
「私、どうなってしまうんでしょう? 法の下に裁かれるのでしょうか?」
「それは……」
 言い淀む探偵たちに、イズミは仕方ないかと肩をすくめる。
「きっと探偵さんからすればお粗末な事件だったでしょうけれど、私、結構本気だったんですよ」
 そうして、風見を見る。安室がぎゅっと風見の手を握った。
「振られちゃいましたね」
 結構、本気だったのにな。そんな言葉に、返す人がいた。

「本気だろうと、そうでなかろうと、貴女はこの施設から出さねばなりませんね」

 入り口の外、サネさんが立っていた。老人である彼はしゃんと背を伸ばして、イズミさんと向き合っていた。
 イズミさんはくしゃりと顔を崩す。
「サネお爺ちゃん、私、もうここに居られませんか」
「そうですとも。この施設には事件があってはなりませんからね」
「そっか。そっかあ」
 さよならだと、イズミさんは目を閉じた。


・・・


 警察沙汰にはしない。その言葉に探偵達は概ね納得できなかったが、サネさんは凛と言い放った。
「この施設には事件があってはならない」
 だから、イズミさんのことは私に任せなさいとサネさんは言い張った。せめて警察に相談したほうがと安室が言えば、勿論相談しますよとサネさんは言った。
「法外な睡眠薬を持ち歩いていたんですからね」
 その事で警察に相談しますよとサネさんは笑みを浮かべていた。


・・・


「そういえば、サネさんとムネさんは親族なんですね」
 事件の後しばらく。ある日の風見の問いかけに、そうですよとムネさんは気まずそうに言った。
「実の祖父が管理人だとはあまり言いたくなくて。と言っても、風見さん以外は皆さん古馴染みなので、当然知ってるんですけどね」
「以前、イズミさんがサネお爺ちゃんと言っていましたが……」
「村の人は皆してサネお爺ちゃんと呼ぶんです。イズミさんのお家とは血の繋がりはありませんよ」
 ちなみに手品は教員として働いていた時の、飲み会の為の一発芸ですと、ムネさんは苦笑した。
「そういえば、僕の名前はサネさんから貰ったんですよ」
「田中実(たなか さね)さんと、宗近実(むねちか みのる)……読み方が違うので気が付きませんでした」
「ですよね、案外名前ではバレないんです」
 苗字が違うだけなのにと、ムネさんは笑っていた。


・・・


 風見はしばらくその施設で働いていたが、頃合いを見て辞めた。潜入をやめ、風見裕也としての日常が戻る。
 結局、あの白い男は誰だったのか。そんなどうでもいいようなことを考えながら、デスク周りを整える。同僚から、久しぶりに帰宅かと茶化されて、その通りだと応える。

 帰宅すると、空気はすっかり晩夏の頃合いだった。
 窓辺の風鈴を季節外れになるからと片付けていると、がちゃりと扉が開く。降谷が来たのだ。またあの人は。そうぼやきながら、風見は風鈴の箱を仕舞った。


・・・


 眠ると会える友人がいる。草原の中、不自然な芝生の上に、ランチセットが並んでいた。
「これも一つのお茶会にカウントされるみたいね」
 お疲れ様と灰原が笑うと、風見もまた不器用に微笑んだ。
「そうらしいな」
 さあ、サンドイッチを食べようかと二人は笑っていた。





隠れ鬼、終。



- ナノ -