風見中心/隠れ鬼5/夢の友人シリーズ14/十万打お礼リクエスト企画の作品になります。鴨下様、リクエストありがとうございました!


 コナンが走り回ったが、風見の姿は見えない。本館を調べた平次も居ないようだと認めたらしかった。
「風見さんが居なくなったって?!」
 ムネさんがざっと青ざめる。安室が、何か心当たりでもあるのですかと問いかけると、いやとムネさんは迷いながらも口にした。
「風見さんはこの施設で働きだしてからまだ日が浅いんです。なので、もしかしたら山の中で迷子になったのかもと」
「ですが、僕たちを沢まで案内してくださいましたよ」
「そうですよね、道は知ってるはず……」
 どうしていなくなったのだ。ムネさんは青ざめたままだ。この人に聞いているばかりでは何も始まらない。コナンは職員室に入って、風見が座っていた窓辺の席に向かった。

 そんなコナンを横目に、灰原がくらりと立ちくらみを起こした。すぐに昴が支える。灰原は礼を言ったが、真っ青な顔色のままだ。昴がどうかしましたかと問いかけると、灰原は言葉を濁しながら告げた。
「あの人に何かあったらと思ったら、私……」
 関わる人が皆、不幸になるような気がして。灰原のそんな言葉に、昴はきゅっと眉を寄せた。
 ムネさんはそんな灰原や、顔色の悪い子どもたちや女性陣を見て、コナンがいないことも気が付かずに、サネさんに連絡するので一先ず休んでくださいと告げた。

 風見のデスクに向かったコナンは、まずココア缶が置きっぱなしであったことに驚く。持ち上げてみれば、中身まで残っている。あからさまに怪しい。すんと匂いを嗅ぐが、ココアの匂いが強くて何もわからなかった。そこに安室が来たので、ガラスのコップを頼む。安室が頼み物を用意する間にデスク周りを確認した。
 気になるのは初日に渡してもらった地図だろう。手書きの地図には沢がある。昔からホタルを見るために職員が整備しているようだ。また、地図記号が書かれた地図の方には地面の高さや谷間などが分かるようになっていた。その中でも、風見の机の上にはメモを施した地図があり、それを見ると沢にはバツ印と共に【電波が通じない】と書かれていた。
「ガラスのコップがあったよ」
 安室が持ってきたそれをありがとうと受け取ると、コナンはココアの中身を全てコップに注いだ。そのココアの色にはどこか違和感がある。具体的には、黒ずんで見えた。しばらく置いてからコップを持ち上げてみれば、底にぴたりと青い錠剤が貼り付いていた。
「青い錠剤……睡眠薬かな」
「睡眠薬を飲まされていたと?」
「多分ね。でも風見さんは途中で気がついて飲むのを中断したんだと思う」
 そして、分かりやすくこの場に残した。地図とココアから分かるのは一つ。【風見は危険を感じていた】ということだ。

 安室が舌打ちを堪える。コナンはそんな安室を気にせずに、次だと動いた。安室が一拍遅れて顔を上げた。
「どこに行くんだい」
「図書室! 少し気になることがあるんだ!」

 図書室に入ると、コナンは電気を付けて、飾られているヘイケボタルの飾り物を見る。触れば朽ちて落ちてしまいそうな程に老朽化してあるそれを、しばし眺めた後にカウンター裏に回った。一通り漁ると、一部に人の手が入っている痕跡があった。そこには星座図がある。
 安い紙に硬質な鉛筆で描かれたそれには、星座と共に細長いメモが書いてある。綴り字のようなそれ、星座図の空の日付は丁度、8月の中旬。今の時期だ。

今年は9月に皆既月食がアリマス

 すぐにコナンはスマホを開く。9月に皆既月食があった年、最近ではない、古い記録。具体的には、この星座図の指す皆既月食は何時だ。調べている間に、安室がやって来た。カウンタ裏にコナンがいる事を確認してから、入ったことのなかった図書室を調べ始める。
 あった。コナンが見つけた記事によると、40年前の9月に皆既月食があったとある。つまり、この星座図は40年前のものと言えるだろう。
「こんなところにどうしたんだい?」
 キヨコさんの声がした。コナンが慌てて息を潜める。安室は何か手がかりがあるかもと思いましてと、口を開いた。
「図書室に何かあるとも思えないけど……」
「意外なところにヒントがあるものです。それに、実は僕は探偵なんですよ」
「へえ、そうかい。悪いね、田舎者だから探偵さんのことは分からないんだ」
 キヨコさんの困った声に、いいんですよと安室は答えた。
「それより、このホタルの展示物、とても古いものに見えますが、いつからあるんですか?」
「ああこれかい? これなら10年ぐらい前に作り変えたのさ。手伝ったからよく覚えているよ」
「10年前ですか……それ以前にもあったと?」
「ああ、あったよ。そちらは古いものでね、私もよく知らないけど、この宿泊施設で働いていた女の人が作ったものだったらしいんだ」
「随分と歴史のある施設なんですね」
「40年前からあるらしいよ。詳しくはサネさんしか分からないね」
「サネさんというと、所長にして観測所の鍵を持っているという?」
「そう、そのサネさんさ。この施設を創った本人だね」
「ねえねえ!」
 コナンがカウンター裏から飛び出すと、いたのかいとキヨコさんが目を見開く。それに動じることなく、コナンは質問した。
「その昔の展示物を作った女の人とサネさんはどんな関係だったの?」
「施設の管理者と……その妻だね」
 優しい人だったそうだと、キヨコさんは目を伏せた。どうやら、亡くなっているらしい。コナンと安室が勘付くが、キヨコさんはうまく誤魔化そうとしている。誤魔化されるわけにはいかないと、コナンは無邪気を装って口にした。
「その奥さん、几帳面な人だったのかな?」
「どうしてそう思うんだい?」
「飾りを作るのもそうだし、星座図を描いたりしてるよね、ほらこれ!」
 コナンが星座図を取り出すとキヨコさんはああと頷いた。
「そうさね、几帳面な人だったんだろう。私はまだ産まれる前のことだから、知らないけれど」
「ふうん。でもそれにしても、奥さんは星が好きだったんだね」
「プラネタリウムの解説員をしていたと聞いているよ。理科教員にも興味があったらしいね」
「わ! ムネさんと似てるね!」
「ムネさんと?」
「だって、ムネさんもプラネタリウムの解説員だし、理科教員の免許もあるんでしょ?」
 むしろ、その奥さんをバージョンアップしたのがムネさんみたいだとコナンは歌うように告げた。


・・・


 風見はぐったりとしていた体を起こした。無理矢理引きずられてきたらしく、肌の露出している部分には軽い怪我も見えた。ここは何処だと鈍い頭で見渡せば、小屋の中だと分かる。月の見える晩、月光の射す小屋の中で、風見はあぐらをかいた。全くどうしたものか。風見は息を吐く。色々とおかしな点があったので警戒していたのだが、見事にしてやられた。というよりも、途中から諦めた。何せ、米花の探偵がゴロゴロといるのだ。事件の気配に諦めもするだろう。
 一先ず、脱出するにも、薬が抜けないと動けない。風見が黙って座っていると、かたりと音がした。

 小屋の扉が開く。お邪魔しますと白い男が笑っていた。薔薇の花を届けたあの男だった。
「私のことは、まあ、あまり気にせず」
「気になることしかありませんが」
「まあまあ、気にせず。私は食料を運ぼうと思いまして」
 そうしてそのまま食べれるバーや缶ジュースを風見の前に置いた。風見はそれに手を付けることなく、何とか男を見据える。
 男はクスリと笑ってから、口を開いた。
「薬が抜けるまではここにいるつもりでしょう? 私が付いているので安心して楽な姿勢でいてください」
「どう信用しろと」
「信用はいりませんよ。私は頼まれ事でここに居るだけですから」
「頼まれ事?」
 風見の問いかけに、白い奇術師はニット笑い、口元に人差し指を寄せた。
「何も言えませんよ。依頼人のことですので」
「依頼人って」
「"彼"曰く、」
 男は笑う。
「【この施設で死者だけは出さない】と決めているそうですから」
 そのお手伝いを頼まれただけですよと男はまた笑い、扉の向こうに消えた。

 残された風見は見慣れぬ男が置いていったものを物色する。全て未開封で、見る限りは何も混入されていない。だが、封を開けるのは躊躇われられた。本当に駄目になった時の最終手段と決めて、風見は耐えきれずにゆっくりと目を閉じた。
 安全なんて一つもない。眠るなんて以ての外。なのに、どうしても眠たくて仕方がなくて。そんな中、風見は灰原から月の図鑑を貰ったことを思い出したのだった。


・・・


「今日はこんな時間まで居るんだね!」
「え、ああ、昨日のことがあったから、今日は泊まろうと思っていただけさ。イズミさんとシゲさんは帰ったけどね」
「イズミさんはどうやって帰ったの?」
「シゲさんの車だよ。私もいつもは送ってもらっているんだ」
「ふうん」
 コナンなそう言って続けた。
「普段、シゲさんは何をしてるの?」
「所長代理としてこの施設の管理人をしてるよ。具体的には、見回りをしながら掃除とかしているね」
「風見さんは?」
「受付をしてもらってるよ。パソコンに強いから、資料作りなんかもしてくれているね」
「ムネさんは?」
「プラネタリウムの解説や、星を見る機械の管理だね」
「キヨコさんは?」
「私は食堂のおばちゃんさ」
「じゃあ、イズミさんは?」
「あの子は主に洗濯をしてくれているよ」
 そこでコナンがあれれと首を傾げる。
「あの子って呼んでるの?」
「え、ああ、あの子は昔からの知り合いだからね」
「年齢が違うようにみえるけど?」
「はは、年は離れているけど、お互いにこの近くの出身でね。よく知ってるのさ」
「地元なんだ!」
 そこでコナンはじゃあボクはこれでと駆け出した。走ったら危ないよとキヨコさんが言う声と、コナンに続く安室の声と足音がする。

 コナンは洗濯場を探し出すと、ごそごそと漁る。その間に、施設の裏手である洗濯場付近にムネさんと小五郎がやって来た。コナンは息を潜める。
「ムネさん、詳しいことを話してくれないか」
「僕は詳しいことはわかりませんよ!」
「だけど、イズミさんとは知り合いなんだろう」
 ムネさんは知りませんよと繰り返す。
「イズミさんは旧家の娘さんです。そのことしか僕は分かりません。大体、村に戻ってもいないんですから」
「村が嫌いなのか」
「いいえ、そうではなく、僕は理科教員として働きたいだけです。村の学校はとうの昔に合併されてありませんし、この施設には派遣されたから居るだけで……」
「地元に?」
「紹介状を書いた人はいます。だけど、風見さんが居なくなったことと何が関係あるっていうんですか!」
「まあ、関係無いだろうが……」
「そうでしょう! 今は風見さんを探すほうが先決です」
「ムネさんは隠れ鬼の話は信じていないと?」
「当たり前です! あんなの子供騙しの言い伝えに過ぎません」
 そこでムネさんはさっさと館内に戻った。小五郎は探すなら明るくなってからが良いだろうと、ムネさんに提言していた。

 二人が居なくなったのを確認してから、コナンはごそごそと洗濯場を漁った。そして、洗濯機の裏にテープで止めてあった、錠剤と粉末を見つけると、ハンカチでそれを剥がし取ったのだった。


・・・


 透明な膜がある。その垂れ幕を風見は持ち上げた。その先には少女が一人、ティーセットが並んだテーブルで眠っていた。
 風見は彼女に近寄ると、迷った後に声をかけた。
「灰原さん」
 バッと灰原が起き上がる。彼女は目を丸くしていた。その目には涙が見えた。
「風見さん! あなたどこにいるの!?」
「今は夢の中だろう」
「現実の話よ!」
 ただ、眠っているのは確実ね。灰原は無理矢理自分を納得させているようだった。風見は困った顔をして頬を掻いた。そしてその手で、そういえばと灰原からもらった星の本を手にした。
「それ、持っていたのね」
「ああ、夢の中にも持ち込めたらしい」
「月の本なのよ」
 灰原は愛おしげに風見の持つ本を撫でる。は、と風見の息が漏れた。
「貴方のこと、皆が探しているの」
 特に焦っている人がいるのよ。
「分かるでしょう?」
 その必死な目に、風見は目を細めた。誰とは分かる。だが、言うことはできなかった。
 だって、彼女は自身と彼との関係を知らないはずだ。
「分からないな」
「……分からず屋」
「そうだな」
「意地っ張り」
「その通りだ」
「よく似てるわ」
「……それは、分からない」
 そういう所よ。灰原はやっと笑った。風見は笑えなかった。
 少女の甘い声がする。
「現実で、必ず見つけ出すから、どうか怪我したりしないように、気をつけて」
 必ずよ。少女がそう言うと、ぷつんと夢が終わった。

 黒が広がる。少女は消えた。ティーセットだけが宙に浮いている。きっと灰原は目覚めたのだろう。自分も目覚めなければ。風見はそっと浮上する。
 その前に、そういえばと本の裏を見た。どこをどう見ても、発信器の類はない。いくら電波が繋がらずとも、何かしらの手がかりになっただろうにと、風見はやや理不尽に燻った気持ちで意識を戻した。



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