風見中心/隠れ鬼4/夢の友人シリーズ13/90000hitお礼リクエスト企画作品になります。はら様、リクエストありがとうございました!


 キヨコさんの作った朝食を宿泊客が揃って食べる。メニューは出来立てのオムレツに淡い色のハム、よく煮込んだコンソメスープにフルーツジュースだ。
 食事中、歩美のことを皆が気にかけていたが、当の彼女は食欲も元気もあるらしい。明るく朝食のオムレツを食べていた。

 風見は窓口のある職員室に戻り、キヨコさんが用意してくれた朝の弁当を食べる。いつもならムネさんも共に食べるが、今日は電話があったと言って職員室から出ていた。
 食べている最中、ムネさんが戻らないなと考えていると人影が見えたので、風見は顔を上げた。窓口の方を見ると、玄関ロビーに総白髪のお爺さんが入ってきたところだった。彼はこの田中実、サネさんだ。風見は食べ物を飲み込んでから、口を開いた。
「サネさん、珍しいですね」
「ああ、風見さん。いや何、隠れ鬼が出たと聞いてね。様子を見に来たんだよ」
「あの、警察には」
「大事にはしたくないんだ」
「そうですか」
 風見が眉を下げると、サネさんはすまないねと同じように眉を下げる。どうにも、心は痛めているらしい。
「皆さんは食堂かい?」
「はい、朝食を食べているはずです」
「では、私は図書室に居よう」
 よっこらせと言いながら、サネさんは図書室に行ってしまった。

 朝食を食べ終わったらしい子どもたちが、玄関ロビーに駆けてくる。館内は走らないようにと、灰原が静かに注意していた。風見は彼らに気がつくと、声をかけた。
「皆、図書室があることを知っているかい」
「図書室なんてあるの?」
 コナンが興味を示すと、他の四人も気を惹かれたらしかった。
 風見は職員室から出て、子どもたちを導くように歩く。子どもたちは素直についてきた。

 図書室の扉を開くと、ワッと子どもたちが入っていく。中にいたのはサネさんだけだ。
「あれ、お爺さんだれ?」
「私かい? 私はここの責任者だよ」
「サネさん、という人かしら」
「その通り」
 サネさんはきょろと子どもたちを見回して、歩美を見つけると、きみかと声をかけた。
「怖い思いをしたと聞いたよ。もう平気かい?」
「うん。歩美、そんなに怖くなかったよ。だって起きたら和葉お姉さんたちがいたもん!」
「そうかい」
 サネさんが微笑むと、灰原はそろりと風見の隣に立った。じろと見られて、風見は悪い人ではないはずだと応えた。
「なんだあれ」
「元太くんどうかしましたか?」
「あれ、ホタルの飾りか?」
「あ、本当ですね!」
 元太と光彦が、図書室の壁に貼ってある手作りの飾りを指差す。随分と古くからあるらしく、色褪せたそれは形だけが辛うじてホタルのように見える。サネさんは、それならと声をかけた。
「ここの近くの沢ではヘイケボタルが見れるんだよ」
「ホタル、見れるの?」
「そうだよ。最近は比較的涼しかったから、今日も見れるかもしれないね」
 懐かしそうにホタルを模した飾りを眺めるサネさんを、コナンがじっと見つめていた。
「ホタル見てみたいですね!」
「歩美も!」
「皆に話してみようぜ!」
「オイオイ、見れるか分かんねーぞ」
「でも夜に沢に行くの楽しそうだよ!」
「オメーらなあ……」
「昨晩、隠れ鬼とやらが出たじゃない。危ないわ」
「でも大人がいればいいんだろ?」
「あのねぇ……」
 頭が痛そうな灰原に、だめかなあと歩美が落ち込む。一方、それぐらい平気だってと、元太と光彦は明るい。コナンは、何かが引っかかる様子で黙り込んでいた。
「ねえ、サネさんは今日はずっとここにいるの?」
「いや、私は家に戻るよ。様子を見たかっただけだからね」
「じゃあ、観測所だけ見せて! お願い!」
 鍵はサネさんが持ってるんでしょとゴネるコナンに、サネさんはそれはだめだよと止めた。
「観測所は精密機械が多いからね」
「ええー!」
「それに子どもが見て面白いものは何もないからねえ」
 ごめんねとサネさんは眉を下げると、そろそろ家に戻るよと図書室から出たのだった。

 しばらく図書室に居たが、蘭と阿笠が迎えに来ると、子ども達と風見は図書室からロビーへと戻った。

 毛利一行は川遊びをすることにしたらしい。ロビーから出て行った彼らを風見が見送る。道中、ヘイケボタルの話を聞いた大人たちは当然反対したが、最終的には大人さえいれば平気だろうと折れたのだった。

 川遊びは水着に着替えてからの水鉄砲や水切り、また川辺の散歩などだ。小五郎と阿笠は車でスーパーまで夕飯のカレーの買い出しに向かったらしい。風見はスイカを片手に川まで降りると、車や人の状況からそれらを判断した。
 やって来た風見に真っ先に気がついたのは灰原だ。
「それ、スイカじゃない」
「キヨコさんが昨日貰ってきたスイカだ。冷蔵庫で冷やしておいたから、冷たいだろう」
「そう」
 それは美味しそうと、灰原は微笑む。そして、スイカを持ってきてくれたわよと、皆に声をかけた。

 子ども達を中心に、風見はスイカを振る舞う。スイカを切った包丁を慎重に仕舞うと、貴方も食べたらと灰原がひと切れ差し出す。風見はスイカを受け取ると、一口食べた。サクサクとした歯応えと、甘く、じゅわりとした果汁が口の中に広がった。

 スイカを食べ終え、ゴミと共に風見は徒歩で施設に戻る。
 職員室では、出るときに頼んでおいた通りに、ムネさんが待機していた。
「あ、風見さんおかえりなさい。スイカはどうでした?」
「喜んでいました」
「それは良かったです」
 ムネさんは安心したように笑うと、それじゃあと手を振って、本館にある展望台の管理に向かった。
 風見が入れ替わるように職員室に入ると、今度はキヨコさんが麦茶と共に訪れる。
「ほら、風見さん冷たい麦茶をどうぞ。お客さんたちは平気そうだったかい?」
「ありがとうございます。皆さんは元気そうでしたよ」
「それならいいけどねぇ……あんな事があったし、気をつけないとね」
「そうですね。そういえば、イズミさんとシゲさんはどちらに?」
「イズミさんなら洗濯をしてるよ。シゲさんは掃除だね」
「そうですか」
 風見は麦茶を煽ったのだった。
 空には雲が出始めていた。

 夕方にはカレーを作ったようだ。いい匂いだと、職員室で早めの夕食のお弁当を食べながら風見は目を細めた。
「こんばんは」
 声をかけられて、風見は窓口を見る。そこには安室がいた。
「どうかされましたか」
「いえ、ホタルを見に行くことになったのですが、地図を見ても沢の場所に自信がないので、案内などは頼めるのかなあと思って」
「それなら、私が案内します」
「それは助かります!」
 にこにこと笑う姿に、風見はよろしくお願いしますねと笑みを返した。

 沢に行く話をムネさんとシゲさんに話してから、19時頃に待ち合わせのロビーに立つ。風見は自販機で買ったココアを飲みながら、ぼうっと待っていた。
「あれ、風見さん?」
 イズミさんが声をかけてくる。風見はあれと瞬きをした。
「ココアですか?」
 驚く間にすっと缶を取られて、風見はしまったと声を上げた。
「あの、返してください」
「あ、すみません。風見さんがココアを飲んでいるのが意外で。甘いものが好きなんですか?」
「嫌いではないですね。顔に似合わないとは、よく言われます」
「わ、なんか、すみません」
「構いません」
 どうぞとココアを返されて、風見は促されるままにココアを一口飲んだ。
「沢に行くんですか?」
「はい。案内を頼まれまして」
「そうなんですね! まあ、ムネさんはここを離れられないですし、風見さんになりますよねえ。夜ですから、気をつけてくださいね」
 にこりと微笑まれて、風見はそうですねと返した。そして、風見は半分ほど残っていたココアを持ったまま、忘れ物をしたと職員室に戻った。

 中身の残ったココアの缶を机に置いて、懐中電灯を用意する。
 そうこうしていると、ロビーに宿泊客が集まったので、風見は職員室から出たのだった。


 ガサガサと風見を先頭に、沢への道を歩く。懐中電灯等の明かりは、大なり小なり、全員が持っていた。
 沢に降りると、辺りは暗かった。ホタルはいないかもしれないと落ち込みかけた時、ふわと蛍光色が光る。わっと声が上がった。
「すごーい!」
「本当にキレーやなあ」
「ハァ、こんな時期にホンマに見れるとは思わんかったな」
 ちらちらとホタルが光る。幻想的な光景に、宿泊客も風見も、ほうっと息を吐いた。まるで夢のような空間だ。風見はどこかゆらゆらと揺れるような視界で、ゆっくりと瞬きをした。

 帰りは風見は最後に控えた。わいわいと暗い森の怖さを紛らわすように、喋りながら歩く皆の背を眺めながら、風見は慎重に歩く。ぐらぐらと、どこか揺れるような感覚がした。

 まずいな。風見がそうぼやこうとした時、何かが口元を覆った。
(しまった……!)
 布だ。風見は抵抗しようとしたが、体がうまく動かない。息を吸ってしまうと、ぐらりと意識が揺らめいた。
 目を閉じてしまう、意識が途絶えてしまう。手を伸ばそうとすると、その手をまとめて押さえつけられた。

 世界は暗転した。


・・・


「つっかれたあ」
「元太くんもう少しですよ」
「そうだよ、コテージにつくまで頑張ろうよ」
「コナンくんも哀ちゃんも居るね」
「ほら、ガキンチョたちはコテージに戻った戻った!」
「はよ風呂入って寝なあかんで」
「ったく、綺麗は綺麗だったが、携帯の電波も通じねえところはあんま行きたかねえな」
「ほほ、そうじゃのう」
 施設に着くと、各々がコテージに戻ろうとする。だが、その中で昴が灰原の無事を確認した後にふらりと辺りを見回した。安室もまた、辺りを見回している。コナンはどちらに聞くべきかとやや迷ったが、すぐに違和感に気がついた。
「ねえ、職員のおじさんは?」
「ん? 確かにおらんな」
 平次が眉を寄せた後、まさかと気がついた。
「ちょ、本館の職員室に行ってくるわ! 先に戻っとるかもしれんやろ」
「お願い!」
 え、と皆がざわつきだす。灰原がさっと顔を青ざめ、昴が平次の後に続いて本館に走る。安室が、まさかと息を止めた。
「風見さん、隠れ鬼に遭ったのかも」
 コナンの声が、曇り空の暗い夜に溶けて消えた。



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