はじまりのことAnother/Eの園/哀中心/パラレル


 がは、ごほ、ぐ、あ、ああ

「哀くん、落ち着くんじゃ、大丈夫、大丈夫じゃ」
「ぐ、あ"、う、あ、ああ、がぁ」
「痛いのう、苦しいのう、もう石は出とるわい、今タオルを絞ってくるからの」
 阿笠博士はポンポンと灰原の背中を撫でてから、立ち上がる。なるべく焦らないようにタオルを濡らし、電子レンジで温める。
 その間に湯を沸かしてぬるま湯を作り、温かい二つを持って灰原の元に戻った。
「あ、あ"あ"、う"……」
「好きに使うんじゃよ。風呂も用意しようかの」
「ぐ、ん、いえ、だいじょうぶ、ありがと……」
「そうかの」
 灰原は阿笠邸の床に散らばった黒い宝石、ブラックスピネルを眺めていた目を閉じた。

 灰原哀、宮野志保、酒の名前。名前がどうのこうのではない。いくつかの名前を持つ彼女は宝石族だった。博士は命の宝石の鑑定士であり、何処にも所属していない上に誰かに認められたわけでもない野良だ。その二人は、共に暮らし、支え合ってきた。
「やはりシャワーぐらいは浴びた方がいいじゃろう」
「でも、」
 目をうろつかせて躊躇う灰原に大丈夫と笑いかけ、博士は浴室の用意に向かった。

 灰原は、スピネル宝石族の色調変化型らしい。博士が見抜いた型だが、灰原自身は黒いスピネルしか吐いたことがなかった。昔から、灰原のオーバーは人より強烈なものだった。さらに、今まで隠し通せていたことが不思議になるぐらい、最近はより重い症状になっていた。

 定期的な宝石生成がオーバーの予防になる。灰原とて、宝石生成を怠ったことはないが、それでもオーバーが起きてしまう。灰原のオーバーは信頼のおける人の前、リラックスした状態でのみ起きてしまうのだった。具体的に言うと、阿笠博士、江戸川コナン、そして意外なことに毛利蘭。現在ではこの三人の前でのみ、灰原はオーバーを起こしてしまう。少年探偵団の子供達の前ではオーバーを起こしたことがないのが救いにも思えた。あの子達にはあまり見せたくない姿だからだ。人が苦しむところなど、誰も見たくはないだろう。

 シャワーを浴び、湯に浸かり、オーバーによる不快感を軽くしてから、灰原は博士が作ったココアを飲んだ。
 飲み干すと、博士が飲んでいたコーヒーマグと合わせて自分の手で洗ってしまう。そんな灰原を見て、今日は早めに寝るといいと博士は言い、設計図に向かった。

 大量のブラックスピネルは、箱の中に仕舞われた。貴重品故に捨てることも難しい命の宝石は、灰原にはリスクの塊にしかみえないのだった。



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