花の記憶/降風/学パロを含む


 風見はほんとうに幼い頃、体が弱かった。心配した両親は風見裕也をサナトリウムに入れ、治療に専念させた。風見は小学生になる頃には回復し、普通の子供達と同じ公立小学生に通い、中学に通った。優秀な成績を修めた風見は教師の勧めで、有名な全寮制の男子校に進学した。

 やがて出会った運命を、風見はきっと忘れない。


………


 公安として働くこと。風見はそれに満足し、同時に貪欲に働いた。年下の上司のサポートをし、自身に舞い込んできた仕事も片付ける。全てがうまくいく訳ではないが、風見は手のひらに乗るぐらいの仕事は行うことができた。
「風見」
「はい」
 珍しく書類仕事をしていたらしい降谷が話しかけてくる。風見は振り返り、彼の手の中にある紙切れを確認した。
「これは向こうのシマです。2番目のデスクに置けばわかるかと」
「そうか、助かる」
「いえ、降谷さんは人事異動があってから初めてですし」
 そうなんだがなと、降谷は不満そうだ。
「把握しようにも、どうやら面倒なのがいるらしい」
「嗚呼、気難しい方がいますからね」
「挨拶ぐらいさせろと思う」
「他の部署から来られた方ですし、慣れていないのでしょう」
 困るとぼやきながら、降谷は歩き出した。


………


 高校には騒ぐ時は騒ぎ、静かにする時は静かにする、少しの例外もいるが、大体は聞き分けの良い生徒が多かった。
 風見は生徒会に誘われ、書記として働いた。部活動には入らず、剣道に通っていた。
「風見、少しいいか」
「はい、何でしょう」
 副会長の先輩に連れられて、風見は温室に入った。穏やかな日差しと、水と土の匂い。温かな空気の中で、先輩は言った。
「中等部に優秀な生徒がいるらしい。引き抜きたいのだが、どうやら本人は運動部に所属したいらしくてな」
「それは本人に話を持ちかけろということですか?」
「そうなるが、無理はしなくていい。そして、あー、本題なんだが」
「はあ」
 先輩は気まずそうに目をそらしたが、意を決した様子で風見を見た。
「お前の親衛隊が組まれる話が持ち上がっているんだ」
「……はい?」
「学校公認の親衛隊があることは知ってるよな。問題を起こすが、上手く活かせば行事や普段の学生生活の戦力になる」
「存じ上げております。しかし、なぜ俺に」
「元々、入学時から注目されてたんだぞお前。生徒会入りが決定打だったらしい。来週にでも連名がお前に出されるだろう」
「そんなことを言われても」
「許可を出さなければ、非公認の親衛隊が組まれる可能性がある。なるべく目の届く方を選んでほしい。俺にも親衛隊がいるから、アドバイスならできるぞという話でな」
「成る程。頭が痛いです」
「そりゃそうだ」
 先輩は苦笑した。


………


 ふわりと花の香りがした。珍しく花瓶があり、花がある。飾られたヤマユリに、匂いが付いたらどうするんだと呆れてしまった。
「花は貰い物らしいぞ」
「はあ」
「ここにあっても仕方ないのにな」
 唯、花は好ましいと降谷は笑みを浮かべた。


………


「白椿隊?」
「ええ、風見さんはまるで白椿のような方ですから」
 訳がわからないと風見は額を押さえた。親衛隊に名乗り出た生徒はそう多くなかったが、風見に対してよく分からない評価をしているらしかった。
 親衛隊長はこの中から選べない。そう察し、風見は一度話を保留にして、寮に戻った。

 その通り道、人があまり通らない桜並木を歩くと、ふと前方に生徒が見えた。制服からして、中等部の生徒だろう。蜂蜜のような髪と、色の濃い肌。真っ青なサファイアのような瞳が印象的だった。

 迷ったのかと風見は声をかけた。生徒は瞬きをし、首を振る。
「いや、人のいないところに来たかっただけ。あんた誰」
「一応、高等部の生徒なんだが。俺は風見だ」
「風見? 生徒会の?」
「知っているのか?」
「うん。外部性で、生徒会入りしたって」
 珍しいなと言った少年は、続けた。
「僕は降谷零。よろしく」
「降谷くんか、えっと、それじゃあ俺はこれで」
「待って」
 がしりと腕を掴まれて風見は立ち止まる。何だろうと振り返れば、降谷ははっきりと口を動かした。
「あんたが居るなら、生徒会に入る」
「……は?」
 だってあんた、実直そうだ。そんな事を言って、降谷はニィと笑った。タチの悪そうな笑みに、風見は悪い男に見初められたらしいと頭が痛くなった。


………


「白椿」
「やめてください」
「僕は赤薔薇だった」
「黒歴史じゃないんですか」
「変な文化だったが、面白かったぞ?」
「あんなに楽しんでいたのは貴方ぐらいでしょう」
 夕方、早くに帰宅した風見の家に降谷が転がり込んだ。思い出話が出るのは決まって酒の席だったのに、今は麦茶しか飲んでいない。
「大抵な華やかな花の名前なのに、白椿ときたから興味があったんだ」
「そんなことで私は目をつけられたんですか」
「重要だろう」
「よく分かりません」
 降谷は台所へと移動し、勝手知ったる城で夕飯を作り始めた。彼が作る為に、風見の自宅にはある程度、食材のストックが置かれるようになった。
「明日は非番だから、風見が作ってくれよ」
「構いませんが、降谷さんほどのものは作れませんよ」
「いいんだよ別に」
 お前が作るから、良いんだ。降谷の言葉に、風見は甘えたがりは変わらないなと息を吐いた。


………


 次年度。生徒会入りをした降谷を風見は受け入れた。一年生にして生徒会長の座を獲得した降谷には、中等部から持ち上がりの親衛隊が存在した。

 管理とかが大変そうだ。風見は隊長に選んだクラスメイトと、たまにそんな話をした。隊長に選んだクラスメイトは風見に夢を見ていない。お人好しで、世話好きで、実はドライだったりする。
「それで、彼がどうしたって?」
「同室の話を持ちかけられてな」
「引っ越しは面倒だよな」
「それもあるが、彼は個室持ちだろうにと」
「それでも風見と同じ部屋がいいんだろ」
「分からん」
「分かっても困るなあ」
 隊長として向こうの親衛隊とも話をしなければと言うクラスメイトに、大ごとになるから嫌なんだと風見は息を吐いた。

「風見」
「先輩と言いなさい。降谷さんどうしましたか」
「生徒会長だからって敬語使わなくてもいいのに」
「そう上手いことはいきません」
 ちぇと降谷は少しばかり拗ねたポーズをとってから、議事録について尋ねてきた。過去のものなら準備室にあると伝え、風見はふと外を見た。運動部の掛け声がする。
「風見はスポーツが好きなのか」
「人並みに」
「じゃあ、何が好きなんだ」
「特には」
「何かあるだろう」
 問い詰められ、風見は過去を思い出す。サナトリウム、光と陰。読んだのは図鑑だった。
「植物図鑑が好きですね」
「……変なやつ」
 でも、いいなそれ。降谷はニィと笑った。


………


 夕飯は手作りのカルボナーラだった。滑らかなソースと温かい麺。冷めないうちに二人で食べて、皿を洗った。
「一緒に入るか」
「風呂なら一人でどうぞ」
 つまらんと言いながらも、降谷は風呂に消えた。手の空いている時に用意した風呂は、丁度良い湯加減だろう。

 風見は昔を思い出し、遠い目をした。
 あの日、桜並木で出会った運命は、今も自分の隣にいる。人生の巡り合わせは予想一つ付かないものだと再確認してから、風見は小さな図鑑を開いた。植物図鑑、ページはヤマユリ。
(やはり、匂いがついた可能性があるな)
 明日もあのままだったら、申し訳ないが移動させるか処分しよう。そう考えて、風見はとろりと思考が解けていくのを感じたのだった。



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