はじまりのこと/Eの園/風見中心/パラレル


全ての生き物には宝石が宿る。
その宝石は命の宝石とも呼ばれ、亡骸を焼いた時にのみ、燃え殻の中に原石が出現する。
しかし、稀に命の宝石を自在に生み出せる生き物がいる。
その稀な生き物を、人々は宝石族と呼んだ。

これはそんな世界の話。


………


 午後11時59分。風見はその1分間にサイトへとアクセスした。
 午前だか午後だかも分からない0時0分。狭間の時間に、楔は結ばれた。

オーケアノス:報告会。石の流通について。
クレイオス:3個放しました。
テイアー:少ないですね。こちらは36流しました。
ポイベー:多過ぎます。価値が暴落しては気がつかれますよ。
テミス:テイアーさんは自由の国かな。噂になってましたよ。
テイアー:申し訳ない
コイオス:テイアーは徐々に数を減らして。代わりにこちらが流します。
オーケアノス2:うわダブった
オーケアノス:二人目かよ
クレイオス:珍しい
オーケアノス2:とりあえずクロノスいます?

 各国の言語で綴られる文を読み、風見は静かにキーを叩いた。

クロノス:います。私の方も溜まってきたので流したいのですが。
オーケアノス2:どこのクロノス?
クロノス:東だか黄金だかの方です。
オーケアノス2:そっちなら大丈夫
テイアー:なんかあったの?
オーケアノス2:増えたんだよ
クレイオス:名前はどれに?
オーケアノス2:未だ
クロノス:喜ばしいことなのか分かり兼ねますが、10程流します。
コイオス:投票開始
投票開始します
開票
満場一致
クロノス:了解です。

 風見はログアウトし、丁寧に痕跡を消すと専用のスマホの電源を落とした。

 場所はデスク前である。残って仕事をしていたのは風見のみであり、他の人間はいない。
 誰もいないこと、監視の目がないことを充分に確認すると、風見はゆっくりと手を握った。じわりと空気がブレる。再び開くと、手の中には赤みを帯びたオレンジ色の宝石が転がっていた。
「……」
 風見は色と輝きを確認すると裏ポケットに宝石を仕舞った。定期的な宝石の生成は宝石族にとってはライフワークとも言える。一生つきまとうその行為を、風見はもうずっと長いこと繰り返してきた。

 全ての生き物は亡骸を焼くと宝石の原石が現れる。命の宝石と呼ばれるその塊は、コレクターの格好の的であった。かといって、命の宝石ならば無差別に価値が高いわけではなく、取引価格は変動する。
 そしてその命の宝石を死ぬことなく自在に生み出せる生き物が稀に現れ、その生き物を人は宝石族と呼んだ。さらにその中でも生み出す宝石の色が安定しない宝石族を、色調変化型と呼ぶのだ。

 風見はそんな宝石族のスフェーンの色調変化型だった。

 事実をひた隠して彼は今の職に就いている。管理官にも、文書にも書いたことはない。証明と呼ばれる命の宝石の鑑定結果も、日本人に比較的多い水晶であると偽装してある。
 秘密にしているのは祖父がきっかけだった。宝石コレクターであり、命の宝石の鑑定士であった祖父はある日突然、幼い風見が宝石族だと知った。そう、初めてのオーバー、宝石の生成を怠った宝石族特有の宝石を吐く行為だった。祖父はすぐに風見が輪をかけて希少な宝石族だと悟ると、周囲に暴露れば命はないと理解した。彼は全ての手筈を整えた。数年前、祖父は風見にスフェーン宝石族のネットワークを遺して、逝ってしまった。それから風見は世界にいるスフェーン宝石族と連絡を取り合いながら、何とか命を繋いでいる。

(オレンジ系を流すか)
 貴重であればあるほどコレクターは、生き物を殺してでも宝石を手に入れようとする。しかし出回り過ぎれば、コレクターが増えてしまう。微妙な線引きをしながら、スフェーン宝石族は定期的に吐き出さねばならない宝石を処理していた。

 メールが届く。風見は端末を開き、文を確認した。年下の上司から送られてきた暗号文を読み解き、消去する。指示はいくつかあるセーフハウスの一つに来いとのことだった。
(また食事だろうか)
 作り過ぎたからと手作りの品々を渡されることが多い風見は、あまり頻繁では困ると考えながらデスクを整理した。

 すっかり帰り支度を済ませ、深夜の町へと風見は消えた。



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