きれいな箱庭/DC/風見+灰原(愛され前提)/夢の友人シリーズ1


 おちるやうにあなたのもとへ。

 小さな部屋の中。大きなガラス窓から明るい日差しが射し込むそこで、風見は椅子に座っていた。
「紅茶をどうぞ」
 灰原が小さな手でカップソーサーを持ち、プレートから机へ移すと、風見はありがとうと小さく笑った。
 白いカップに赤い色をした紅茶からは、豊かな香りがした。ブレンドかと風見が言うと、そこにあったものを使っただけよと灰原は静かに言った。
「次はこちらが淹れよう」
「そうして頂戴」
 お茶菓子はクッキーとビスケット。荒い砂糖に包まれた小さめのクッキーは一口サイズ、ビスケットは灰原の手のひらぐらいの大きさだった。
「昨日は本を読んだの」
「どんな本だった?」
「面白くも何ともない本よ」
「そうか」
 風見はクッキーを頬張る。小さなクッキーを半分食べて、紅茶で流し込んだ。華やかなまでに豊かな香りが口内と鼻を覆い尽くす。
「それでも、意味はあったのかい」
「ええ、その本を見て、もっと面白い本があると教えられたの」
 誰が、そのことを伝えたのか。灰原は言わない。風見もまた聞かなかった。
 部屋には白いキャビネットと本棚がある。机も白く、壁は白が強いクリーム色だった。真っ白な部屋は、それでも気が安らぐような部屋だった。自然光が窓から射し込むのが大きいだろう。
「私は差し入れをもらったよ」
「食べたの?」
「申し訳ないけれど」
「そうね」
 風見は苦笑する。灰原は差し入れがどうなったかは聞かない。ただ、憐れな食べ物がどこに行ったのか、二人は分かっていた。
「クッキーにはざらめ。ビスケットにはクリームでも挟めば良いのに」
「甘いものばかりでは飽きてしまうからだろう」
「貴方が言うなら間違いないのでしょうね」
「ありがとう」
「どういたしまして」
 二人はティーカップを手にした。白いそれに装飾は無く、ただ白い色と細い持ち手があった。ティーカップのその細い場所は本来は持つ場所ではない。それでも、二人はそこに指で触れた。小さな指と無骨な指がそっと陶磁器に触れる。
「そろそろ夜明けね」
「そうらしい」
「今日はありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
 そうして二人はティーカップの中身を傾けた。


………


 朝だ。風見はデスクから上半身を持ち上げる。いつの間にか寝ていたらしい。風見は大きなあくびを一つすると、書類の山を睨むように見てから立ち上がった。
「着替えと、朝食と……」
 今のうちに済ませて仕舞わなければならないことはいくつかあった。それを全て行ってから、仕事に戻ろうと風見は決めた。そして、その作業の中だけは、あの見知らぬ小さな友人のことを思い出すことにした。


………


 朝だ。灰原は目を開いた。シャットダウンしたパソコンが見える。博士がソファまで運んでくれたようだ。そう気がつくとため息をひとつ吐く。登校時間まではまだある。朝食と着替えと。灰原は淡々と朝の支度を脳内で組み立ててから、ソファから立ち上がった。
「嗚呼」
 灰原は思わず声を溢す。クッキーもビスケットも食べ損ねたと、あの見知らぬ友人との会話を思い出したのだった。



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