紙面の箱庭/風見+灰原/ネタ本は女学生手帖/テーマ:花と手紙


 花が咲く頃に逢いませう。

 ペンフレンドというものがある。手紙のやり取りをするだけの友人だ。
 きっかけは偶々見せられた雑誌の企画だった。知らない人と文通してみましょう。そのような見出しを見せられたのだ。出版社を経由する為、相手に住所を知られないような仕組みになっているそうだ。秘密主義のお前でも出来そうだろう。そんな事を企画した本人に言われて、仕方ないとボランティア感覚で手紙を渡した。
 そうして始まった文通相手は、どこか綴り字のような雰囲気の字を書く人だった。


Yさん
こちらは秋の空模様です。
封筒に以前書いたクローバーを入れておきました。友人に言われて押し花にしたものです。時間がかかるものですね。焦れったいから晴れた日に取り出して、箱の中に乾燥剤と入れました。
秋空の見える窓より
S


Sさんへ
そろそろ晩秋ですね。
クローバーをありがとうございます。四つ葉とは聞いていなかったので驚きました。押し花とはそんなに時間がかかるものなのですね。乾燥剤を使いたくなるのも頷けます。返礼として何が相応しいのか分からなかったので、海外の切手を貼っておきます。以前、古い雑貨屋で見つけたものです。印も含めて珍しいらしいと聞いたものです。しかし何処の国のものかは分かりません。ご存知でしょうか?
涼しい日陰の中で。
Y


 このような文通が続いた。Sさんが何歳なのか、男なのか女なのか、さっぱり分からないし、調べるつもりもなかった。唯、小さな日常を切り取って送られてくる手紙は、素朴でありながら、守りたい命を思い出させた。
 大切なやり取りは忙しい日常の中で、一か月に一度程の交流に落ち着いた。企画者からは、もっと頻繁に交換している人もいると聞いたが、自分達はそれを好まなかった。


 しばらくして、冬になった。いつも通りにSさんからの手紙を受け取り、カッターで慎重に封を開く。
 すると、手紙と一緒に古い写真が出てきた。Sさんの文面を見るに、どうやらフリーマーケットで購入したものらしい。白黒で色の無い、椿の蕾の写真だった。裏を見ると、あなたに似合いそうだと、一言添えてあった。
「椿の蕾か……」
 華やかな写真ではない。だが、遠い過去の思い出が詰まっている気がした。その思い出は、きっと見知らぬ他人のものだが、それで良かった。
「これから咲くのか」
 椿は春の花だと、どこかで聞いた覚えがした。


「椿が縁起の悪い花だと噂されたのは案外最近の話で、元はとても縁起の良い花だったそうだ」
「……はい?」
 静かな車内。運転席の降谷さんは唐突な言葉を投げると、続けて、話があると不機嫌そうに言った。
「春になったら、会わせたい人がいるんだ」
「はい?」
「安心しろ、向こうも不本意だ」
「えっと」
 降谷さんは真っ直ぐに前を見つめている。だが、その顔は心底不機嫌そうだった。
「手を噛まれた」
「そうですか」
 どうしてそうなったのか。唯、春になったら人に会えばいい事だけは分かったのだった。



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