風見中心/隠れ鬼2/夢の友人シリーズ11


 昼の12時。キヨコさんがいつもの時間に出勤した。おやつはスイカねと大玉を二つ、業務用冷蔵庫に入れていた。
 風見とシゲさんは事務作業。イズミさんは掃除洗濯。キヨコさんは炊事全般。ムネさんは観測用の器具やプラネタリウムの用意をしている。

 おやつ前の午後2時。チェックインの開始時間に毛利小五郎と毛利蘭が窓口に来た。チェックインを済ませると、蘭はありがとうございますと笑った。
「規則は鍵と一緒にお渡しした冊子にあります。コテージの使用法などもそちらです」
「分かりました」
「コテージは、2号館、3号館、5号館をお使いください。一応、四人部屋ですが、予備の布団があるので最大六人まで泊まれます」
「部屋を移動してもいいんですか?」
「貸切になっているので自由は効きますよ。でも、そうですね、一応部屋割りを伝えていただけますか?」
「そんなの、女性を2号館で、男共が3と5を使えばいいだろ」
「もう、お父さんったら適当なんだから。3号館と5号館の部屋割りはどうするの?」
「子供をまとめて、年長者もそこ、つまり3号館。後の3人は5号館だ」
「勝手に決めちゃっていいの?」
「俺が代表だ」
 風見がよろしいですかと問いかければ、蘭は了承する。風見が用紙に記入するのを待って、二人は本館のロビーに集まっていた参加者たちに、部屋割りや注意事項を伝えたようだった。

「風見さん、昼ごはんを持って来ましたよ」
「ありがとうございます。キヨコさんは今日はどちらで?」
「イズミちゃんと食べるよ。若い子は元気でいいねえ」
「まだまだ元気じゃないですか」
「私は食堂のおばちゃんなんでね」
 キヨコさんはニッと笑うと、弁当と未開封の缶の緑茶を置いて職員室を去って行った。弁当は温かく、缶は冷たい。

 窓の外を見ながら遅い昼飯を食べていると、広場横のコテージ1号館と2号館と3号館に挟まれるようにあるバーベキュースペースが賑わっていた。早めに炭を準備して、明るいうちに食事を済ませてしまうつもりなのだろう。
 ぼんやりと眺めていると、ぴたりと首筋に冷たいものが当たった。大袈裟に驚くと、あははと笑うムネさんがいた。
「風見さんはいつもここですね」
「まあ、屋根の下ですし」
「何ですかそれ。ああ、シゲさんはキヨコさん達と食堂ですよ」
「あそこは広いですからね」
「一番広い部屋になりますねえ」
「昔は団体客がレクリエーションをやっていたと、以前サネさんが言ってました」
「修学旅行生ですね! 写真が残っている筈ですよ」
「成る程」
 ムネさんは空いている席で昼飯を食べている。窓の外では子供達がボールや凧揚げ、フリスビーで遊んでいた。
「凧揚げ、大丈夫ですかね」
「え?」
「アレ、飛ばしすぎると子供の力じゃ戻せないですし」
「確かにそうですね……」
 あれだけ大人がいるから平気だと思うけれどと、ムネさんは沢庵を口に放り込んだ。風見もカブの漬物を口に入れる。二人が漬物をガリガリと食べる音が職員室に響いた。

 ふと、宿泊客の一人が本館の方を見た。沖矢昴である。彼は軽く会釈をし、子供達に呼ばれてすぐに背を向けた。
 風見は僅かに動きを止め、ムネさんがあの人達やけに美形揃いだなと呆れた声を出すのを聴いていた。
「風見さん?」
 どうしましたとムネさんが首を傾げる。風見は何でもないですと、弁当に向き合った。

 すると今度は、よく知った上司の視線が向けられている気がした。

………

 バーベキューは明るいうちに済ませられたらしい。酒を飲んだ小五郎だけ、足元がおぼつかない。

 早めに風呂に入った一行は夜の7時のプラネタリウムの予約の為に、本館のロビーに集まってきた。そのロビーでイズミと子供達が話している。
「暗くなったら出歩いてはいけないよ」
「どうしてだ?」
「隠れ鬼に遭ってしまうからね」
「隠れ鬼、ですか?」
「そう、暗いところにいる子供を連れ去ってしまうんだよ」
 だから気をつけてと、イズミは真剣な面持ちで伝えてからパッと笑った。
「夜は道を間違えたりするから、危ないって話。まあ、大人と離れないようにね!」
 そうしてイズミさんは仕事へと戻った。

 風見はムネさんに頼まれたプラネタリウムの解説の用意を整える。どうやら機械の機嫌が悪いようで、ムネさんは操作に集中したいらしい。
 13人をプラネタリウムに入れ、なるべく穏やかな声で解説をする。

『8月の中旬の空。今日の空を見てみましょう』
 ムネさんが機械を操作する。原稿通りに進めるので、連携は問題ない。
『夏の大三角形はご存知ですか?』
 子供達に問いかけると、元気な声が上がった。大人の声もする。楽しんでいるようだ。風見は暗い中、ちらりと安室透の姿をした降谷を見る。二人の視線が合うことはない。
『有名な天の川は丁度この辺りですね』
 織姫と彦星の話はあまりに有名だろうと、風見は原稿を指で撫でた。

………

 プラネタリウムを観た後は観測会だ。風見からムネさんへと案内人が替わり、一行は本館の二階にある展望台へと向かった。
 風見は職員室に戻る。シゲさんと共に淡々と作業を進めていると、キヨコさんとイズミさんが帰る時間になったので、シゲさんは車を出した。
 その時間に観測会も終わり、宿泊客が職員室の横の窓口を通って外へと駆け出す。今夜は晴れている。先ほどプラネタリウムで見た星空が広がっていることだろう。
 ムネさんも外に出たので、風見は一度息を吐いた。
 瞬間、コンコンと窓口の透明なプラスチック板がノックされる。風見が驚いて顔を上げると、柔らかな茶色の髪をした少女が笑みを浮かべていた。
 夢の中の友人だった。

「見つけたわ」
「見つかるとは」
「すぐに呼ばれるのよ」
「それは忙しそうだ」
「貴方程ではないわね」
「どうだろう」
 その会話の後、少女は満足そうに笑った。
「名前を教えてもらえる?」
「風見だ」
「私は灰原よ」
「灰原さんか」
「そう、灰原哀」
 そうして、灰原は薄い文庫本を一冊、窓口から風見へと差し出した。
「星座の本。二冊あるからあげるわ」
「いいのかい」
「間違えて買ってしまったの」
 処分して頂戴と言われた風見は、それならと受け取った。
 月をメインにした星の本だった。

 本を確認すると、灰原は風見の前から消えていた。外から宿泊客の賑やかな声が聞こえる。風見はそっと微笑み、片手サイズの文庫本をポケットに押し込んだ。

………

 宿泊客がコテージに戻った夜の10時頃。風見は職員室から出て、自販機で熱いココアを買い、本館の外に出た。明るい場所で缶のプルタブを押して引っ張り、中身を飲む。
 今日は無事に終わりそうだと、風見は考えた。そんな風見を見かけたムネさんが隣に立った。
「風見さん、ちょっと見てみて」
「はい?」
 ここを見ててねと、ムネさんは手を握る。そして次の瞬間、手を開くとフワリと赤い薔薇が咲いた。
「……器用ですね」
「あはは、これしか出来ませんよ」
 造花を風見に押し付けて、また明日とムネさんは去って行った。なんだあの人と風見はココアを飲み、手元の赤い造花を見る。棘のない薔薇だった。

「いい夜ですね」
「は?」
 風見が目を見開く。手元には大量の赤い薔薇が差し出されていた。濃い花の香りが漂う。
 その薔薇は間違いなく生花だった。

 顔を上げると白い服を纏う男がいた。誰だこれ。風見は非現実的な人間を目の前に、固まった。
「それより、貴方にはこちらが似合う」
 男は風見の手から造花を抜き取り、生花を握らせた。それではと男は立ち去る。風見は唖然としていた。
「え、誰?」
 ココアの匂いを打ち消すほどの花の香りに、風見は缶を持つ手の、その甲で額を抑えた。


………
………


 深夜。歩美はふと外が騒がしい気がした。こっそりとベッドを抜け出し、バッジを確認してから、扉を開く。

 外は真っ暗だ。星を見るために、光は極限まで抑えられている。ひゅうるりと風が吹いていた。歩美は気配を確認しようと、懐中電灯を片手に外に出た。

 時間は深夜。丁度、夜中の2時だ。歩美はそっと様子を伺い、気配は気のせいだったかとコテージに戻ろうとして、口を塞がれた。
「!?」
 歩美がそれは誰かと確認する前に、目が霞み、カランと小さな懐中電灯が手から滑り落ちる。

 ぐったりと意識を失った歩美の体を、何者かが抱き上げ、夜の闇に消えていった。



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