風見中心/隠れ鬼1/夢の友人シリーズ10/ぼくの夏休み圧縮版は前日譚で、こちらがメインです/モブは五人です。あとはわかりますね。よろしくお願いします。


 その日は晴天であった。
 朝、風見はいつもの点検と清掃を始めた。山の中の宿泊施設は星を売りにしてあるだけあって、望遠鏡などのパッと見るだけで分かる高価なものが多い。さらに細々としたものもチェックし、新しい雑誌でも置くかと考えていると、ふと図書室のカウンター裏に紙切れを見つけた。
「これは……」
 手描きの星座図、相当古いものに見える。安い紙に硬質な鉛筆で描かれたそれには、星座と共に細いメモが書いてある。空の日付は丁度、8月の中旬、今の時期だ。

今年は9月に皆既月食がアリマス

 手描きの星座図の裏には、癖のない字で丁寧に書いてあった。名前等は無い。
 風見は丁寧に仕舞われていたそれを元に戻す。誰かの思い出に触れたのだと、目を伏せた。

「風見さーん」
 遠くから呼ぶ声がした。泊まり込みで働く職員の声だ。
「今行きます」
 静かにカウンターから離れ、風見は図書室を出て行った。


『隠れ鬼』1


 風見は昼過ぎにチェックインする団体客を確認する。13名の貸切、名前はモウリさんとだけ書いてあった。
「風見さん」
「ムネさんですか、どうされましたか」
「今日のプラネタリウムなのですが……」
 ムネさんこと宗近 実(ムネチカ ミノル)は35歳の男性。風見と仲良くしてくれる職員だ。
 この施設の職員達は団結力が強く、仲が良い。最近入ったばかりで、尚且つ余所者である風見にもよくしてくれた。というか実のところ此処は万年人手不足で、さらに個人ではなく県営なので職員はコロコロ替わるのだ。
 金持ちの道楽で出来た施設ではないかと、風見は感じている。割りに合わないのだ。色々と。
「ということで、今日は今のところ晴れそうですね。明日は崩れるかもですが」
「分かりました」
 お願いしますと笑ったムネさんは、中学校の理科の先生の免許持ちらしい。

「おはようございまーす!」
「おはようイズミさん。早いね?」
「昨日忘れ物しまして!」
 明るく笑って施設に入ってきたのは加藤 和泉(カトウ イズミ)。25歳のバイトだ。風見より先輩で、以前にこれはほぼボランティアですよと笑っていたことを思い出す。
「今日は団体さんですよねー、貸切にしたいとか、珍しいですね」
「予約も結構ギリギリでしたからね」
 風見は目の前のムネさんが、偶然出来たキャンセルに予約を滑り込ませたことを知っている。イズミさんはその事を知らないので、珍しいなと笑うのみだ。
「おはよう!!」
「シゲさんおはようございまーす!」
「あれ、イズミさんがいる?!」
「私達もいますよ」
「風見さんとムネさんはいつもだろー」
 元気の良いシゲさんは山本 茂(ヤマモト シゲル)。40歳の男性。車で通勤している筈だ。
「キヨコさんはまだかな?」
「あの人は昼からですよー」
「そういえば、なんか仕込みするとか聞いたケド……」
 イズミさんが首を傾げる。話題のキヨコさんは佐川 清子(サガワ キヨコ)。30歳の女性で、パートで食堂のおばちゃんだと自称しているが、職員だった筈だ。
「というか、サネさんが来るとか言ってませんでしたっけ」
「え、社長来るんですか?!」
「てっきりイズミさんはそれで居るもんだと思ってた!」
「ヤダー、私がサネさんのいらっしゃる日を知るわけ無いじゃないですか」
 タナカさんは田中 実(タナカ サネ)。60歳の男性。この施設の代表であり、たまに抜き打ちで業務を確認しに来るお爺さんだ。
「ムネさん、朝礼を始めましょう」
「そうだね風見さん。じゃあシゲさんどうぞ」
「俺まだ何も確認してないけど?!」
「あ、キヨコさんからメール来ました! いつもの近所のおばさんにスイカを貰ったそうですよ!」
 一通り騒ぐイズミさんの相手を風見が行い、ムネさんとシゲさんが打ち合わせをする。二人は話し合った内容を、バイトであるイズミさんと風見に伝えた。
「よし、これくらいかな! ああそうだ、いつも通りだけど、スマホの電波が届かない場所には行かないようにね!」
 今日も怪我等に気をつけてと、シゲさんは号令をかけた。


 昼、チェックインの2時間前に車が3台やって来た。それぞれレンタカーのようである。
 小学生ぐらいの子供たちがワッと車から出てくるのが見えた。施設にある芝生を走り回っている。風見はちらりと確認しつつ、受け付け付近の職員室で事務作業を続けた。

「「「こんにちは!!」」」
「こんにちは」
 すぐにムネさんが施設本館に入ってきた子供たちに対応する。子供好きな人なので、実に楽しそうである。
「遊び道具の貸し出しがあると聞きました!」
「それならこっちの箱に入れてあるよ。好きに使って戻してくれればいいからね。ああ、手作りの道具もあるから、怪我には気をつけて」
「「「はーい!」」」
 子供たちは思い思いの道具を持って本館から出て行った。

 次に保護者らしき人物が二人入って来る。
「疲れた〜」
「おお、自販機があるの」
 どうやらまだチェックインはしないらしい。時間になったらチェックインしてくれればいいので、風見は事務作業を続けた。

「蘭ちゃーん!」
「和葉ちゃんどうしたの?」
「ボール持ってきたし、サッカーでもしたらええんとちゃう?」
「アカンアカン、芝生の丈が長くてサッカーには向かんやろ」
「転がればええやん!」
「ていうか蘭、帽子忘れてるわよ」
「ありがとう園子」
 高校生ぐらいの男女の声がする。仲が良さそうだと、風見は安堵した。

 窓の外を確認すると、高校生を含めた子供たちを遠くから成人男性が二人、眺めている。保護者役なのだろう。特に会話はせず、ぼんやりと周囲を見ているようだ。

「おじさん」
 ひょいと、男の子が職員室と繋がる窓口に顔を出した。そういえば踏み台が置いてあったなと、風見は気がつく。
 男の子の後ろに、茶色の髪が揺れていた。もう一人いるようだ。
「どうしたんだい」
「ここの地図ある?」
「あるよ」
 風見は手作りの地図を一枚取り、その横に数枚印刷しておいた地図記号の書かれた地図も渡した。

 少年は色の少ない地図を確認した後、手作りの地図に目を通す。一通り確認すると、顔を上げた。
「ありがとう、おじさん!」
「どういたしまして」
 少年、江戸川コナンの笑顔に風見はなるべく穏やかな返事をした。



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