透明日記
01:不思議な女の子

透明日記


不思議な女の子と出会った。


 夕方、住宅街の中にある新築の家。それが由美の家である。結婚して五年。妊娠を望み、仕事から手を引いた由美は暇を持て余していた。家事は夫婦で分担してそつなくこなす方だったので、その頃から少し家事を凝ってみただけですぐに飽きてしまった。
 夫は拓人という。ちなみに性は木村。ごく普通の、サラリーマン家庭だ。まだ子供はいないが。
 由美は慰め程度に買った小さな鉢植えに刃を入れた。内から外に出したばかりのそれは、少し先を切った方が元気になるのではないかと思ったからだ。傷をつけたら少しだけ強くなる。そういう植物だってあるのだ。
 そんな夕方のことだった。夕日でハサミの刃が輝く。オレンジ色の初夏。ふと、太陽が眩しいと顔を上げた。そこに、少女がいた。

 柔らかな黒髪を雑に一つに結っている。滑らかな白い肌にオレンジ色の光が当たって輝いていた。目は不思議な色をしていて、黒とも茶色ともつかない。そもそも、年齢が分からない。ただ、若い、おそらく女の性を持つ人間だと分かった。
 シンプルな白いTシャツに若葉色のチェックの長袖シャツを上着にしていた。ジーンズのズボンは新品のように見える。靴はスニーカー。ものが入って無さそうな、薄っぺらいリュックサックを背負っていた。
 由美に気がついたその人がぺこりと頭を下げる。会釈されたと分かり、由美は同じように軽く頭を下げた。しゃがんだままだったことを恥じ、由美は立ち上がって家の柵まで歩く。人は少し驚いた様子で立ち尽くしていた。
「あの……」
 そこまで言って、由美ははたと気がつく。自分は何をしているのか。知り合いでも、近所の人でもない。謎の人に声をかけたのだ。いくら不審者には見えないとはいえ、迂闊だった。
 そのまま黙った由美を見て何を思ったのか、その人はふわりと笑った。驚く由美に、人は軽く会釈をするとそのまま歩き出した。
 新築の木村家の前を通り、そのまま住宅街を歩いていく。ふわふわと歩き、その人は角を曲がって消えた。

 由美はその場に立ち尽くす。綺麗な人だった。そんな感想が浮かんだ。どこか浮世離れした、透明な人。由美は初めて同性にそんな感想を持ったことを少しだけ不思議に思いながら、夕飯の支度でもしようかと家の中に戻ったのだった。



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