『再会』/現代がモチーフの、ちょっと特殊などこかの話。


 さみしいと歌ったあの子の手を引いた。僕はどこまでになら行けたのだろうか。
 夕暮れ、視界が赤に染まる頃。あの子の幻影が見えた。あの日のまま、柔らかな肌を白く輝かせて、あの子の青い目が僕を見ていた。金に近いブラウンの髪が、彼女が揺れる度にさらりさらりと揺れている。異国の言葉を歌うようにこぼしながら、淡いピンク色の唇は笑みを浮かべている。異国の言葉がぽつりと途切れて、視線をうろつかせてから、彼女は泣きそうな顔をした。
「きみにあえてよかった」
 たどたどしい、僕の知る国の言葉。きみは本当に優しい子だった。

 僕の浅黒い肌を嫌うことなく、手を繋いで駆け抜けた山の中。野原で草笛を吹いて、小さな花で頼りない花冠を作って頭に置き、笑った。
 ぼくらの周りには誰もいなかったけど、怖い目をした大人の誰かと過ごすよりもずっと幸せだった。

 あの子の青い目が見える。貴重な一族同士が婚姻し、産まれた娘がきみだった。僕だって、そうだった。きみはいつも僕の浅黒い肌を撫でて、そっと僕の目を覗き込んだ。そこにはペリドットのような明るい緑色の目があるらしい。宝石の図鑑を指差して教えてくれたきみに、それならばきみは青いサファイアだと指差しで教えた。
 異常な子供だった。だから、僕らが共にいられたのは短い間だった。ある日突然、きみとは会えなくなって、僕は納得した。きみも僕もどこかの研究施設の実験体で、きっと解剖の名で殺されたりするんだろう。

 ところが、僕はそのまま生き延びた。解剖はされず、定期的に血液を取られた。どうやら、貴重な一族とは医療に使える特殊な血の持ち主ということらしかった。
 衣食住を保証され、外出も監視の目があれば許される。仕事はさせてもらえないが、研究施設でボランティアスタッフとして子供達の世話をした。ここに住む子供達は皆が皆、僕と同じ理由で施設に存在し、親の顔を知らない。どの子も本来なら産まれないような組み合わせの肌や髪や目の色をしている。
 そうやって働く中で、ふとあの子と同じような色の組み合わせをした少女を見つけた。あの少女はどうなるのだろうか。あの少女の行く先にならあの子がいるのだろうか。気になった。

 職員にボランティアとして働く為に勉強したこの国の言葉を使って、あの少女の行方を聞いた。職員はそれならと僕を別の部屋に連れて行った。
 そこは僕も言葉を学んだ勉強部屋で、マンツーマンで言葉を習っている女性がいた。その人は足音に驚いて顔を上げる。金色に近いブラウンの髪はショートヘアになっていて、白い肌をしている。青い目が僕を見て目を丸くした。
「いたんだ!」
 この国の言葉で話しかけられて、僕は頷く。そうだ、僕はいる。きみもまた、いるんだ。
「元気なの?」
「うん、元気だよ。ボランティアやるの? 僕の方が先輩だね」
「そう! よろしくね」
 そうして僕らはやっと安心して、涙が溢れた。ぼたぼたと流し、よかったと手を握り合った。
「これから、よろしくね」
「私こそ、よろしくね」

 だから、あのあの子は幻影なのだ。夕陽の中に現れた幻影は、後ろから声をかけられると振り返った。するとそこには浅黒い肌にペリドットのような目をした、真っ黒な髪の僕がいた。
 二人は無言で頷き合い、手を握ると駆け出した。ああ、幻影ではないのか。僕はそう気がついて、笑う。手を繋いであの研究施設から逃げた場合の僕ときみの姿だ。未熟な体で、戦争を起こしにでも行くのだろうか。まあ、僕らの血は戦争が起きてもおかしくないぐらいに貴重なものらしいけれど。
「あ、いた!」
「見つかったか」
「散歩から帰ろう! 職員さんがプリンをおやつに作ってくれるって!」
「プリンは美味しいもんね。早く帰ろうか」
「そう! 早く帰ろ!」
 僕の浅黒い手を掴み、きみの白い手が僕を導く。さっきのもしもの姿とは違う、きみが僕を導いてくれる姿。嬉しいなと思った。
「帰ったらボードゲームをしようよ。今日はボランティアはお休みだもの!」
「それならボードゲームの相手を勤めさせていただきます」
「ふふ、負けないよ!」
 僕らは手を繋いで、施設への帰路についた。

 そういえば夕飯はなんだろうなあ。顔馴染みの調理担当の職員さんの顔を思い出しながら、僕はきみの背中を眺めていたのだった。

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