一次創作/テーブル/ファンタジーです。


 切り裂くことは、遮断を意味するか。

 僕の事は何だってよかった。放っておいてくれと、思った。だから、僕は階段を登る。どんどん高く。ビルの外階段を進んでいく。
 だって、どうだってよかった。母さんは愛してくれた。父さんは優しかった。姉さんは叱ってくれた。でも、よかった。むしろ、そうでよかった。
 ビルの屋上。見下げた町は広く見えるだろう。だれも上を見ないのは、偶然だろう。それが嬉しかった。
 みんなは夢のような、この世界で生きていてほしい。人がたくさんいて、賑わって、触れ合って、笑い合う。そんな世界で。
 僕の事は何だっていい。完成はきっとすぐそこにあるんだ。
「何を見ている」
 声がした。振り返る。ビルの屋上、外階段を駆け上がってきた、にしては息も衣服も乱していない、少女がいた。
「きみ、だれ。危ないよ」
「何を見ている」
「何って、今はきみを、」
 違うな。少女は言い放つ。
「お前、何が見えるんだ」
 ああ、この子は、ぼくと同じなのか。
「死者の国を」
「ああ」
「瓦礫の山を」
「そうか」
「虫が這いずって、腐った匂いが立ち込めて、」
「それで」
「……視界が霞みそうだ」
 僕の言葉に少女は正面から向き合った。
「未来視か」
「さあ?」
「答えを得たいか」
「いらないよそんなの」
「その能力をコントロールしたくはないか」
 コントロール、なんて。
「そんなもの、死んだ方がマシだ」
「死ぬのか」
「迷惑だっていいたいのかな」
「いや、ここで死んだところで、機関が喜び勇んで死体を回収するだけだ」
「そう」
「さてお前、死にたいのか。死にたいんだな。死んでもいいんだな」
 少女の目が爛々と光る。その強い目が、とても綺麗だった。
「だったら、なに?」
「わかった。だったら、私が切り裂いてやろう」
 少女は手を合わせた。
「なに、」
「貴方の“おなまえ”頂きます」
 にいっと笑った。
「は、」
 ビルのコンクリートから白い手が、沢山の手が伸びて来る。四方八方、隙間なく、僕を包んだ。
「悪く思うなよ、少年」
 白転。

「神様のおなまえがあるとしたら、君はそれすらも切り裂くのかい」
「当然だろう。言葉師として当然だ」
「やだねえ。どこの言葉師も物騒だ」
「良く言う。私からしてみれば調律師であるお前が物騒だ」
「はいはい」
 声がする。目覚めると、そこには少女と白衣の男性がいた。目覚めたようだね。男性はにこりと笑う。
「私は調律師のカロン。体は大丈夫かな?」
「は、はい」
「そっちの女の子は言葉師のマーネ。さあ、君は?」
「僕、は」
 名前、なら。
「バク」
「そうか、それが君の名前だね」
 カロンはにこりと笑って、外をご覧と言う。ベッドらしき薄いマットレスから起き上がると、窓の外を見た。
「え」
 そこには、湖が広がっていた。ばっと他の窓も見る。どうやら四方が湖に囲まれていて、道らしきものも、大地も見えなかった。
 空は澄んでいて、雲も鳥も飛んでいない。ここはどこだ。そう考えると、ドクンと目が痛んだ。
「ああ、今、君の目は私が調律している。今は余計な混乱を起こすだけだからね」
「僕の目を知っているんですか」
「当然だよ。視覚の能力者がいることは檸檬が言っていたからね」
「檸檬?」
「私のパートナーさ。檸檬、出ておいで」
 くるり。カロンが手を振ると、ぱっと黄色い、妖精らしきものが出てきた。
「妖精だよ。味覚位は酸味さ」
[そうよォ。よろしくね]
「私のパートナーも見せておくか。おい珈琲」
[お嬢は雑だな。妖精の珈琲だ。味覚位は苦味になる]
「え、ええっと?」
 何なんだ。ファンシーな彼らに戸惑っていると、くすくすとカロンは笑った。
「さあ、バク君。ここからは君の番だ」
 カロンと檸檬が手を差し伸べた。
「君の妖精を見せておくれ」
「そんなのないです」
 そんな、そんもの。そう思っていると、ふわりと甘い匂いがした。この匂いは、知らない。でも、安心できる匂いだった。
「蜂蜜?」
[ハァイ! 元気出してよね、マスター!]
 ぶわりと体内から妖精が飛び出した。黄金色の妖精はくるりと振り返る。
[ワタシは蜂蜜。味覚位は甘味。ずっとずっと待ってたわ!]
「僕を?」
[だってワタシが居なきゃ始まらないってものよ!]
 ばちんと蜂蜜はウィンクをした。
[始めましょ! マスターのあるべき場所を探す為に!]
 これは。
[始まるのは冒険でも何でもない。ただの子供の夏休み。夢まもろばの、休憩時間。貴方の心を癒すために!]
 だってこの世界は。
「今はただ、蜂蜜の言う通りにするといいよ」
 カロンは優しい顔をしている。檸檬も穏やかそうだ。マーネはくあと欠伸をしていて眠そうだ。珈琲はそんなマーネを小突いている。
「いいの?」
[当たり前よ!]
 蜂蜜はそう言って僕の手を引っ張って、ベットから引きずり落としたのだった。





・・・

おまけ
設定

バク
僕。年齢の割に幼い。少年。目の能力?
パートナーは蜂蜜。味覚位は甘味。

マーネ
私。ぶっきらぼうで雑。少女。言葉師。
パートナーは珈琲。味覚位は苦味。

カロン
私。白衣を着ている。穏やか。男性。調律師。
パートナーは檸檬。味覚位は酸味。

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