14:化け物退治


【審神者視点】


 くえばくえばとおしむこえ。

 目が覚めると朝だった。ちいちろり、変な鳥の声を聞きながら、私はむくりと起き上がる。身なりを適当に整えてから、裏庭の井戸へと向かった。
 ばしゃばしゃと顔を洗い、口をすすぎ、手拭いで水気を拭き取ると、あれと声がした。
「主、早いな!」
「おわあああ?! 驚いた! 獅子王君こそ早いね?! おはよう」
「おはよう。俺はいつもこのぐらいだぜ? でもほら、主は朝弱いし」
「うん、まあね」
 ちょっとねと笑えば、成る程と獅子王君は頷いた。

 変な夢、変な鳥の声。魔がいるな。獅子王君はそっと呟いた。
「御神刀の皆に報せを出すよ。というか、もう気がついてるかな。獅子王君は皆を広間に集めてくれる?」
「わかった! 無茶すんなよ」
「大丈夫」
 パタパタと駆けていった獅子王君を見送ってから、私は執務室へと向かった。

 執務室にある半紙に筆を使って流れるように文を書く。半紙を文字で埋め尽くすと、私は力を込めて石切丸さん達を呼んだ。

 打ち合わせを済ませ、庭に出る。刀剣は広間に集め、大太刀兄弟が結界を張った。石切丸さんを隣に、私は立つ。
「歌はよく知らないの。だからね、おいで」
 私は先ほど文章を書いた半紙を掲げ、宣言した。
「名を名乗りなさい、不届きもの!」

ぼう、ぼう、ぼうぼうぼうぼう

くえばくえばとおしむこえ

くえばくえばとおしむのだ

ああ、くろうてしまえばよかったものを

「汝がなんであれ、われはお前をくろうてしまいたいのだよ」

 ぞろりと湧き出るように地面にから滲み出てきた黒い化け物に、私はぎゅっと手を握りしめる。私は私の文さえあれば平気だ。落ち着け、落ち着け。そしてこの魔は、差し金だ。
「石切丸さん、遠慮はいりません!」
「わかったよ。でも、そうだね、これはどちらかというと、妖を斬った刀が重宝しそうだよ」
「それなら、髭切さん、膝丸さん!」
「了解」
「任せろ」
 飛び出てきた髭切さんと膝丸さんが化け物に斬りかかる。だけど、足りない。だって、化け物は妖ではないのだから。
「獅子王君、弓の使用を許可します!」
「おうよ!」
「よみよみ、よまいよまい……鶴丸さんは念の為に物吉君と手を握ってください!」
「なんだって?!」
「鶴丸さん!」
 物吉君が鶴丸さんの腕を掴んだのを確認してから、私は腕を振り上げる。石切丸さんもまた刀を振り上げた。
「よみよみ、よまいよまい。黄泉黄泉、世迷い世迷い!」
「厄落としだ!」
 獅子王君の矢が化け物に刺さり、動きが鈍ったところを石切丸さんが空を切るように魔を切る。
 "向こう"とのパイプが切れた化け物は、見る見る間に小さく小さくなっていき、やがて小指の先ほどの小さな石ころになった。

 小さな石ころを砕こうとした膝丸さんを髭切さんが止めて、そっと摘んで私に渡してくれた。
 私は小さな石が黒い色していることを確認してから、指先に力を込めてぱきりと砕いた。
「もう大丈夫です。ちょっとしたイタズラでしたね」
「悪戯って、あれがか」
「おや、そうか、鶴は初めてだったか」
「三日月さん、おはよう。ホント、今まで鶴丸さんは会う機会がなかったからね」
 今回のためにとって置かれていたのかもねと言えば、何だそれはと鶴丸さんが不快そうに眉を寄せる。
「あれは他所からの悪戯だ」
「敵襲なのか」
「いや、むしろ同志だな」
 私は三日月さんの言葉に頷く。
「私には悪戯好きの友人がいるの。彼女からの差し金ね」
「……それは」
 果たして人なのかと、口籠った鶴丸さんに、獅子王君が駆け寄ってぽんと背中を叩いた。
「主が何とかできる悪戯しか仕掛けてこないから平気だって! それより飯食おうぜ」
「あ、ああ、今日の朝餉当番は蜻蛉切だったか」
 きっと美味いぜと笑った獅子王君に、鶴丸さんはそうかと口元を緩ませて頷いた。それを見てそっと手を離した物吉君は、安心したように息を吐いたのだった。

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