12:昇華せよと神は言う/こぎ供支援C後半


【審神者視点】


 はい、緊急会議です。
「お供さんがなんかやばい件について」
「さっぱり分からんなあ」
「なあ大将、もっと違う刃選があったんじゃないか」
「加州君は小狐丸さんを遠征に連れて行ってもらいました。秋田君は書類の山に目を通して、分類してもらってます。獅子王君は厨当番の手伝いで、愛染君は蛍丸君と燭台切さんと三振りで万屋街に買い物です」
「ほう、して、その心は」
「秋田君の作業が終わるまでなら時間があるので気になる案件の意見がどうしても聞きたい。獅子王君は鵺とモフ友であり仲良しの鳴狐君の相棒が危ないと知ったら小狐丸さんに真剣持って凸しかねない。生まれた時に差はあれど、平安刀だから小狐丸さんにも気安いし。愛染君には、単純にあまり話したくない」
「そうなのか。愛染はきちんと相談に乗ると思うが。むしろ俺っちこそ雅だなんだは分からねえから向かねえな」
「愛染君は元気いっぱいに真面目に背負いこむからね、ちょっと、この件は重い。薬研君は冷静枠として呼んだの」
「俺は何故だ?」
「三日月さんは恋してるから、少しは他人の恋の気持ちも推し量れるかなって。小狐丸さんと仲悪くないみたいだし」

 ということでかくかくしかじかうまうまなわけで。

「小狐丸さんが何故かお供さんに神力を注ごうとした事件について、意見を聞きたいの」
「俺っちは恋だの愛だの、そう言ったモンはよく分からんが、神力を注ぐってのはあれだろ。よくある神隠しの手順の一つだ」
「神隠し、とか、マジか」
「それぐらいは大将だって知ってるだろ」
「知識として知っているのと、目の前に被害者になりそうな子がいるのは全然違うよ」
 でも何で小狐丸さんはお供さんを神隠ししたかったのだろう。
 あの晩から小狐丸さんを注意深く見て、一人になった頃を見計らって話をしようと思うものの、なかなか上手くいかない。私は日々の仕事があるし、小狐丸さんは大抵この本丸で知り合いとなった刀と会話を楽しんでいる。呼びつけるにも、内容が内容だから近侍の刀にもなかなか聞かれたくはない。鶴丸さんの時のように朝の呼び出しをしてもいいが、恋と愛の話ならともかく、神隠し未遂は周囲に勘付かれるとまずい。
「しかし、俺としてはよく持ったな思うが」
「三日月さん?」
「どういうことだ」
「何、アレも少しは悩んだということさ」
 いや、少しではないか。三日月さんはそう言うと茶を啜った。どういうことかと先を促せば、三日月さんは何を話すかと一度口を閉じた。
「そうさなあ。小狐丸は顕現してから日が浅いが、長いとも言える。そんな微妙な頃だ。その間に小狐丸は何かを見たのだろう。そして、恋に落ちた」
「早いな」
「早いね」
「初めての感情に戸惑っているらしいな。主よ、助言は早めに頼む。小狐丸は恋に溺れて今にも底に沈んでしまいそうだ。手を差し伸べ、その腕を掴み、引き上げなければ小狐丸は堕ちてしまう」
「分かったよ」
 それは困ったなと私は頭を掻く。ならば、一番使いたくなかった手を使わねばならぬ。
「それなら、今晩、小狐丸さんを執務室に招くね」
 そこで主君と秋田君が書類の仕分けが終わったと飛び込んできてくれた。その頭を撫でてから、私は小狐丸さんを今晩執務室に呼び出すこと、そして警護の守り刀として秋田君と三日月さんを指定した。薬研君は明日も出陣があるので今回はパスだ。
「ま、俺っちはいいさ。三日月の旦那と秋田、しっかりな」
「任せろ」
「お任せください!」
 主君の懐刀ですからと秋田君は笑った。とても可愛い。


………


 そして夜。皆が寝静まるほんの少し前。まだ僅かな刀達の声が響く本丸、その中で静かな空気を漂わせる執務室ではペンを走らせる音がしていた。書類を捲り終わり、秋田君がそろそろですねと言う。私は画面を消し、読んだ書類にサインを書いた。
「失礼致します」
 夜、春の終わり、開け放たれた障子の向こう。こちらからは見えない位置から小狐丸さんが挨拶をした。私は秋田君と何もせずに私を見ていた三日月さんに人払いと離れた場所での護衛を頼む。しかし秋田君にはそっと半紙を持たせた。御守りだ。ただし戦場で身に付けるものではない。私の霊力で編んだものでもない。『私』の物語が詰まった文章を綴った半紙だった。
 秋田君は一度小狐丸の横を通って部屋を出て、ぐるりと回るように裏口から執務室の障子の反対側の襖に走り、待機。三日月さんは部屋を出て離れていく。彼の持ち場は指定していないが何とかするだろう。
「小狐丸さん、待ってたよ」
 どうぞ入ってと言えば、失礼しますと小狐丸さんが入室した。
 ふわふわの髪が揺れている。身なりは着流し。晩春と言えど少し寒くないかと言えば、平気ですと言われた。

「それで、話とは」
「お供さんにちょっかいをかけたでしょう」
 その言葉に小狐丸さんは一瞬だけ苦々しい顔をする。自覚はあるのかと脳内のメモに残した。
「お供さんが怖がってたよ。小狐丸さんは何がしたいのかと混乱してた」
「それは、私もそうだろうと思いまする」
「自覚はあるんだね」
「あれは酒を飲み過ぎました。警戒され、反省しております」
「そう。なら今後は手順を踏んでね」
「手順、とは」
「小狐丸さんがお供さんのことをどうしたいのか、好きなのか嫌いなのか、恋してるのか知らないけど」
「嫌いではありませぬ!しかし、恋など」
「刀も恋をするよ。だって刀剣男士は心を手に入れたのだもの」
 心、と小狐丸さんは目を伏せる。胸に手を当てる様子に、分かってるのか分かってないのかと私は笑みが浮かんだ。
「まあ、心が何処にあるのかは置いておくとして、兎に角、小狐丸さんはいつか恋をするよ。そして愛を知る」
「そんな、まるで人の様ではありませんか」
「人も心と感情を持つからね、その点で刀剣男士も人も同じだよ」
 思わず浮かんだ笑みを消さずに言えば、小狐丸さんは不可解な顔をしていた。
「私が恋をすると、ぬしさまは何故断定するのですか」
「予感がする、予想がする。私の予感は大抵当たるの」
 良いものも、悪いものも。そして。
「そして、私は刀剣男士の邪魔はしたくない。自由に恋をし、愛を知ってほしいの。夏継という審神者はその自由を尊重したい」
 優しく言えば、小狐丸は不可解そうな顔を今度は苦々しい顔に変えて、そうですかと言った。
「私の、あの狐への思いを止めておきながらですか」
「まあ、そうなるよね。でも、それは本当に想いかな、と思ってしまうの。それはお供さんが狐だから、種族があまりに違うからというのもあるけれど」
 何より、と私は言った。
「同意がないまま神隠しをしようだなんて、そんなの誘拐して囲うと変わらない。お供さんの気持ちを考えてないじゃない」
「それでも私はあの狐がほしいのです。弱く、小さいあの狐が」
「何があったかは知らないけれど、お供さんはお供さんなりに立派に戦えるよ。だから弱くて小さいだけじゃない」
「しかし、それでも私は」
「小狐丸さん」
 私はなるべく静かな声を出した。
「それは子供の独占欲だよ。私は恋も愛も深くは知らない。だけど、子供の独占欲ならば馴染みがある。その経験から言うわ。それは拙い独占欲ね」
「……っ!」
 グッと手を握りしめる小狐丸さん。私は体が震えるのを抑え、ひっそりと深呼吸をする。秋田君が私の書いた半紙を持って息をしている。三日月さんはきっと何処かで見ている。そして、小狐丸さんは私を斬りつけることはしない。
「小狐丸さん。気持ちについてゆっくり考えてみてね。時間ならたっぷりあるから。そして、お供さんをバレないように観察して、お供さんが怖がらないように話しかけたりしよっか」
「ぬしさま、いいのですか」
「私はお供さんの味方だからここまでしか手伝わないけどね。さあ、帰ってお風呂入って寝てね。布団に入って寝てしまって、朝になったらお供さんのことを考えよう」
「ありがとうございます」
 深々と頭を下げた小狐丸さんは、顔を上げると執務室から出て行った。

 足音が聞こえなくなると、襖からバッと秋田君が出てきた。気配隠し兼連絡用の半紙は役立ったようだ。三日月さんも、何処からかふらりと現れる。
「小狐丸さん、大丈夫でしょうか」
「反省してるから大丈夫だと思う。三日月さんはどう思う?」
「俺もしばらくは平気だと思うぞ。焦っては魚が取れぬことをよく知っている筈だ」
「そっか。なら、とりあえずは」
 それにしても、と私は深いため息を吐いた。
「緊張したよ。元々腹の探り合いとか苦手だしなあ」
「夏継はそれでもこなせるだろう」
「そりゃあ、求められることだもの。やらなくちゃね」
 さあ、残りの書類は明日に回して今日はもう寝てしまおうと、私は秋田君と三日月さんと書類や筆の片付けをし始めたのだった。

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