11:酒と酔いと満月は狐を見つめる/こぎ供支援C前半


【審神者視点】


 仕事を片付けた夜中。三日月さんが平安刀勢の宴会に連れ去られたので、私は一人で風呂に向かっていた。唯一の女性ということ、そして書類整理が夜中まで長引くことから私の執務室や私室、寝室の近くには内湯がある。ほぼ私専用と化しているその内湯に入ろうと、湯桶に手拭いや着替えなどを詰めて歩いていた。のだが。
「あるじどのー!」
「うわっ?!」
 飛び掛かってきた狐。であるが、こんのすけではない。鳴狐のお供の狐が喉を揺らしながら叫び、私の胸に飛び込んできた。

「え、待って、お供さん、鳴狐は?」
「わかりませぬううう」
「うそ珍しい。どうしたの?」
「匿ってくださいませえええ」
「いや待って、どうどう」
 ぽろぽろと涙を零すお供さん。私まで慌ててきて、何とかしてお供さんを泣きやませようとしたが、方法が分からない。とりあえず湯桶にお供さんを入れると、纏めて抱き抱えて執務室へと戻った。

 遅くまで秋田君と書類を片付けた部屋には僅かに墨の匂いが残る。そんな部屋にお供さんが入った湯桶、いや入りきれてないけど、を置いて月の光が入らぬように障子をピタリと閉めて電気をつけた。
 明るくなった部屋の中。湯桶に入ってめそめそと泣くお供さん。いつも明るく、はつらつと、芝居じみた喋り方をするお供さんには見えなかった。
「何があったの?」
「うう、わたくしめも何がなんだか……」
「教えてくれる?言えば少しはスッキリするかも」
「わたくしは喋ることしか出来ませぬ、ですから、あの、少し話しても構いませんでしょうか?」
「アドバイスは出来るか分からないけどね」
「構いません!少し、気を落ち着かせないと、鳴狐を探すことも出来ませぬ」
 すんすんと涙を零しながら、お供さんは話を始めた。


………

 それは平安刀勢の宴会が始まった頃である。鳴狐が厨当番の手伝いをすると聞いたお供の狐は、それなら大人しく広間に居ようと宴会が行われている広間の隅で丸くなっていた。
 くあ、と欠伸をするお供の狐。時間は夜。夜中ではないが、それでも眠たい夜である。寝ないようにしなければ、鳴狐を待つのだから。そうウトウトしながら目を前足で擦り、何とか起きていた。
 そんな時、ふと目の前を何かが通る。黒い影、大きな毛玉。獅子王と共にいる鵺だ。獣仲間の鵺を見つけたお供はこれ幸いと、会話でもするかと立ち上がる。鵺は基本、本丸では放し飼いだ。なので目の前を横切った鵺は今日も気ままに何処かへ向かった。お供はそう離れなければどこで話しても良いだろうと、鵺の名を呼びながら駆け出した。思えば、この時にはもうお供は眠くて仕方がなかったのだろう。

 そうして鵺を追い掛けて池の前に立つ。鵺は結局立ち止まらず、何処かへ風のように消えてしまった。遠くから彼の奇妙な鳴き声がする。本丸からは出てないと確信しつつ、少しは立ち止まってくれてもいいじゃないかとお供は少しばかり不貞腐れながら池を覗き込んだ。
 今日は平安刀が宴会をしている。その名目は月見酒。今日は満月だったと、お供は鏡面のような池に映る満月を見て思い出した。
 ここは審神者の執務室から見える池。宴会が行われている広間からもそう離れていない。宴会が終わった頃合いに帰ればいいかと、お供は池を縁取る石の一つに座ると池の中の月を見た。

 しばらく飽きずに眺めていると、ふと影が差し掛かる。水面の満月は隠れていない、つまり雲ではない。お供が不思議に思って顔を上げると、なんと自分を覗き込む小狐丸がいた。
 小狐丸は比較的最近顕現した刀だ。三条に属し、神格もわりと高い彼はどこか近寄り難い雰囲気がある。だが、お供は鳴狐と共に居た時に何度か話しかけている。狐繋がりだと言った時に変な顔をした小狐丸をお供はよく覚えていた。
「小狐丸殿、どうなされましたか?ここは池、満月が映るだけの池にございます。平安の刀の皆さまと酒の席に居たのではないのですか?」
「酔い覚ましだ」
「左様でございますか。ならば宴会は解散となったのでしょうか。それならばわたくしめは鳴狐の元に」
「鳴狐は見てないぞ」
「なんと?!ならば何処へ行ったのでしょう。探さないと」
 失礼致しますとお供が石から降りようとすると、待てと小狐丸がお供を持ち上げる。軽々と持ち上げられたお供は驚きで言葉を失ってしまい、気がつくと小狐丸の腕の中にいた。
 お供自身は逸話から生まれたような狐。刀を振るう力が無ければ、鳴狐に置いていかれる狐。お供自身を表す物は現世に一つとてない。そんなお供は小狐丸の腕の中、彼の高い神力の気配を感じながら、ぶるりと震えた。
「小狐丸殿、わたくしめは鳴狐の元に行かなければなりませぬ!」
「一晩ぐらい良かろう」
「良くありません!わたくしは鳴狐のそばにいなければ」
「そなたの毛並みを整えたのは鳴狐か」
「鳴狐とあるじどのです!他の方もたまに櫛を入れてくださいますが!というか何故毛並みの話になったのでございますか!毛並みならば小狐丸殿の方が美しいではないですか!」
「ふむ。ならば次からこの小狐丸の元に来ると良い。毛並みを整えてやろう」
「何故そうなるのですか!は、そういえば酒の席、ということは小狐丸殿、酔っておられますね!!」
「酔い覚ましと言っただろうに」
「わたくしは必要ありませぬ!鳴狐を探さなければ」
「一晩ばかり良かろう」
「聞いておられますか!!」
 お供がきゃんきゃんと吠えると、煩いわと小狐丸がお供の口元を指でなぞる。彼の手を噛む事を恐れたお供は口を閉ざした。その様子に、小狐丸は機嫌を良くする。
「たまには黙って月でも見れば良かろう」
「いえ、わたくしはさっきまで一匹で月を見てたので」
「私が増えても問題ないな」
「あの、さっきからわたくしの話が聞こえておりますか?」
 お供は困惑した声を吐く。そんな無警戒なお供の背を小狐丸はその大きな手で撫でた。相変わらず良い毛並みだ。そうくつくつと笑った小狐丸に、お供は手入れはされてますのでと困り顔だ。
「小狐丸殿はやはり酔っていらっしゃいます。早めに寝床に戻られては?」
「ならば共に来るか」
「いえ、わたくしは鳴狐の布団で寝ますので」
「布団の上か」
「いえ、枕元でございます」
 畳の上で寝ることもありますねと言いながらお供は何とか小狐丸の腕から抜け出そうと考えを巡らせる。高い神力が先ほどより多く漂っていて、自然と毛が逆立ちそうになるのを抑えた。
「小狐丸殿、わたくしはそろそろ」
「私と共寝する気になったか」
「共寝はしませぬ!その表現は些か問題がありますぞ!」
「ふむ」
 そうか、と小狐丸は僅かに目を伏せて言うとゆっくりと口に笑みを浮かべた。その笑みと、その向こうの満月にお供は目を丸くした。

「ならば、少し気をやろうか」

 瞬間、膨れ上がる神の気配。明確にお供の狐を包み、外から侵食しようとするその力にお供はバッと毛を逆立て、小狐丸の腕が傷付くのもお構いなく、でも牙だけは立てぬように暴れて彼の腕から抜け出した。

 そうしてがむしゃらに庭を駆け抜け、この本丸で一番強い権力を持つ審神者を見つけて飛び付いたわけである。


………

「ということでございます」
「んんん?」
 長々と説明する間にお供さんは少し落ち着いたようだった。一方、説明された私は混乱した。急展開だった。話を聞かない小狐丸は、酔っていたのか何なのか。その流れで何故お供さんに神気を注ぎ込むのだろう。
「あるじどの、これは一体……」
「私も分からないよ。うーん、何でだろう」
 酔ってたのかなあと言えば、そうでございましょうなあとお供さんも首を傾げる。ふわふわで艶々の毛並みは私と鳴狐君、そして加州君や粟田口短刀の皆で気合を入れて手入れをしているだけあって、電灯の下でも美しい。
「何なのかは分からないけど、しばらくは酔った小狐丸さんの動向には気をつけてね。あれかな、毛並みが羨ましいのかな」
「わかりませぬ……しかししばらく酔った小狐丸殿には近寄らないように致しまする……」
「そうしてね。私の方からも小狐丸さんに声をかけておくから」
 しょんぼりするお供さんに、私は考えながら呟く。
「お供さんはこれからきっと恋や愛を知るひとだから、何とか幸せになってほしいんだけどな」
「そういえば、その話は何故わたくしに?」
 鳴狐とお供さんが顕現してしばらくしてから、私はお供さんに恋と愛の話をした。自由に恋愛をしてほしいと伝えた筈と思い出せば、言われた時も思いましたがとお供さんは不思議そうに言う。
「あれはわたくしが一匹の時でございましたが、その話は鳴狐にするべきではないかと」
「……そうだね?」
 私は首を捻る。違和感があった。
「いや、待って。鳴狐君は関係ないよ」
「ですがその話をわたくしに仰られましても」
「だって、鳴狐君は別にそういう予感がしないよ」
「……はて?」
 わたくしにですか。お供さんは言う。私も、そういえばお供さんだけだねと頷いた。うん、全く気がついてなかった。しかし、これは、つまり。
「え、待って、お供さん誰が好きなの?!」
「わたくしに好いた獣はおりませぬ!!」
「でもお供さんは恋するよね?!」
「言い出したのはあるじどのでごさいます!!わたくしめは!何も!!」
「私の予想は悪いのも良いものも大体当たるからお供さんは絶対この先恋をするけど、え、誰!!まさか鳴狐君?!それとも鵺?!」
「鳴狐は我が子のような相棒でございます!鵺殿に至ってはモフ友でございますし!無口な方ですし!今宵もほぼ無視されましたよ!!」
「鳴狐君の認識は我が子兼相棒なんだ?!きっと堀川君と話が合うよ!そして鵺って無口だったんだ?!」
「堀川殿とはたまにもふる仲でございますが、話をするのも良さそうでございますね!!」
 二人で叫び、ぜえぜえと息を整える。そこで、私は天啓を得る。そういえば。
「小狐丸さんにも予感がするから近々話そうと思ってたんだよね」
「……予感とは」
「恋とか、愛の」
 沈黙。長い、長い沈黙の後、お供さんはその口を開いた。
「忘れましょう」
「それが良いよ」
 酒の勢い、たまたま毛並みが羨ましかっただけ。確かに恋や愛を自由にしてほしいと言ったが、種族を大幅に飛び越えるのは取り敢えず待ってほしい。それ本当に恋愛感情なのか。いや、小狐丸さんがお供さんに恋するか、してるのかは知らないけど。私が予想できるのは、このひとは恋するだろうなあってぐらいだ。恋する相手なんて分からない。残念ながらそんな便利機能は無い。
「お供さん、とりあえずお風呂入る?」
「流石にわたくしは雄ですので、あるじどのと風呂に入るのは遠慮したいです」
「狐でしょ」
「わたくしはその辺の野兎や野良猫とは違い、喋れますので拒否もできます」
「お供さんお風呂嫌いだもんね」
「あの温風が出る機械は好ましいのですが、水やお湯はなかなか」
「そっか。じゃあ鳴狐君の部屋に送るね。粟田口部屋だけど」
「今宵は一人で出歩くのが恐ろしいので、ありがとうございます……」
 そうして湯桶を執務室に置いたまま、私とお供さんはそろりと部屋から出る。小狐丸さんが居ないか念の為に確認したが、姿はない。そうしてゆっくりと廊下に出て、二人で並んで歩く。

 二人で無言で歩いていると、ふと視界に入った離れ。母屋から離れたそこは静かな場所を好む刀が部屋を構えている。そういえば。
「小狐丸さん、離れの一人部屋だったな」
 深く考えずに許可したがと、今の状況を考えてゾッとしていると、許可を出した当時を思い出したらしいお供さんがそろりと耳を垂らした。
「離れには、間違っても近付きません……」
「ごめん、ほんとごめん。とりあえず突飛な行動には出ないように注意するから」
 小狐丸さんは私の言うことはわりと聞く筈だからと伝えれば、お供さんはよろしくお願いしますとしょげていた。その姿はか弱い可愛い狐だと思った。もふもふは正義。鵺も私から見るととても可愛い獣である。対して、小狐丸さんは正直とてもイケメンだけど可愛くなければ好みでも無いなという印象であるので、どちらに味方するかなど決まりきっている。
 いや、小狐丸さんもあの大きな図体で指示待ちしたり、誉を取っては褒めて貰いに来る姿は可愛いのだが。それはギャップ萌えであり、素直にお供さんの方が可愛い。
「お供さん、私はお供さんの味方だからね」
「とても心強いです……」
 ああ、満月が綺麗だなあと私達は現実逃避しながら、粟田口部屋がある廊下へと差し掛かったのだった。

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