10:二振り目/薬研の話


【薬研藤四郎視点】


 この夏継本丸には唯一、二振り目の刀がいる。
 その話を知る刀は少ない。ただ、それを知った刀は目を伏せるのみ。そして、一振目の最後の時を見たのはその当時の第一部隊であり、画面越しに全てを見ていた審神者が崩れた瞬間を、支えたのは秋田藤四郎だった。

 俺は二振り目の薬研藤四郎だ。

 俺は疲労度の回復の為に与えられた休暇を満喫するべく、内番着で本丸を歩いていた。目指すは薬部屋。前の俺が頼んだというその部屋を、俺は使っている。
 薬部屋に前の俺が遺したものは何もない。本当に与えられたばかりの、荷物も何も無い部屋だった。今では俺の私物や薬で溢れている。
 俺が二振り目だという事を、俺は意識して刀に話したことはないし、伝えられた事もない。唯、言葉の端々と状況から推し量ることはできる。俺が二振り目だからと仲間の刀に特別扱いされることはない。審神者は、俺を見るたびに悲痛な顔をするが。
 正直、近侍を任されるのも、隊長に選ばれるのも実力ではない。審神者の罪の意識からだ。審神者は俺を見ない。そう知ったのは顕現してすぐのことだった。
 審神者は俺を通して前の俺を見ている。信頼し、頼るのは俺だろう。でも、思いを寄せ、懺悔するのは前の俺だ。前の俺にはない信頼と信用を俺は結果で掴み取った。その事に少しの優越感と、絶対に前の俺には届かないのだという事実がのしかかる。

 カチカチと時計が時を刻む音。俺は薬草の仕分けをしていた。そんな俺の薬部屋に、差し込む人影。
「薬研、茶を持って来たぞ」
「ああ、三日月の旦那か。それならそこに置いておいてくれ」
 そうはいかんな。三日月は笑う。三日月はいつも審神者の傍にいるくせに、たまにこうして俺の様子を見に来る。三日月の心の内は分からないが、俺にとっては複雑という他なかった。
 前の俺が折れた時、三日月は本丸にいたという。審神者の傍にもいなかった。何もかもが終わってから、秋田に支えられる審神者を見たのだと。
「俺はお前が羨ましいぞ」
 三日月はいつも言う。
「あの夏継が特別に思っている。そんなに羨ましいことはない」
「旦那が望むような感情じゃないさ」
 それに、俺は三日月が羨ましい。
「俺こそ三日月が羨ましい。大将に誰を重ねられることもなく、隣に立てるんだからな」
 三日月は大将を好ましく思っている。きっと恋であり、やがて愛になるものだ。それは見れば誰だってわかる。あの鈍い大将ですら分かるのだから相当なものだ。
 対して、俺は別に大将に恋していない。好ましくは思うが、あくまで自分の大将としてだ。そこに恋はない。ただ、だからこそ、大将の隣に立てる三日月が羨ましい。気持ちに差があることは分かっていても、どうしようもなく、羨ましい。
「お互い様ということか」
「そうなる」
 俺も三日月も決して同じ立場にはいない。気持ちに差があり、熱意に差がある。大将に返してもらいたい気持ちも違う。何もかもが違う。だが、羨ましいことに変わりはない。俺達刀が得た心とは、勝手なものだ。
「薬研は、確かに夏継を好んでいただろう」
「前の俺か」
「だが、恋にも信頼にもなる前に、アレは折れた」
「弱いということか」
「違う。あれは夏継の采配が悪かった。でも、そうさな」
 気持ちの芽が潰れただけだ。そう言った三日月は笑みを浮かべた。俺も笑う。そうだなと、伝えた。
「まだ若かったんだ」
「お前もまだ若い」
「三日月の旦那と並べるのは平安の刀ぐらいだからな」
 よしと、俺は茶を飲む。全て飲んで、湯呑みを置いた。
「作業に戻る。ありがとな」
「うむ。それでは俺も戻ろう」
「大将にあまり無茶しないように言ってくれ」
「伝えよう」
 去っていく三日月を見て、俺は薬部屋に戻る。
 前の俺が遺した物は何も無い、前の俺が望んだ部屋。夏継と、前の俺の確かな繋がり。それを上塗りするように私物を並べる俺は、女々しいのかもしれないと少しだけ思った。

- ナノ -