08:おいでませ長兄様/一期顕現成功


【審神者視点】


 これは、夏継本丸に一期一振がやって来た時の話。

 朝一番、戦場にいつもの第一部隊を送り込む。隊長に薬研君。隊員に、加州君、獅子王君、三日月さん、石切丸さん、蛍丸君だ。彼らが留守の間の近侍には秋田君を指名し、黙々と書類作業を進める。秋田君は部隊を見送ると、大きな画面にリアルタイムで映される第一部隊の映像をちらちらと見ながら、私に書類の束を差し出してくれた。私もちらちらと部隊の様子を見ながら、書類の束を受け取った。
 部隊を各時代に送り込む時はいつも緊張する。手が震える。待っている時はやけに喉が渇く。胃が痛くて、劣勢になると吐き気がこみ上げる。いつでも強制帰還が出来るように霊力を練る事は、きっと他の審神者より無駄に気をつけているのだろう。心配性だと罵られても、審神者としてシャンとしなさいと言われても、どうしても駄目だった。脳裏をかすめるのは、初心者審神者だった頃の私。刀が折れるとも知らなかった頃の私。今でも無知な私が、もっと無知だった頃の思い出。記録。記憶。
「主君!」
 息をしてくださいと秋田君が背中をさすってくれる。小さな手に、私は徐々に呼吸が落ち着くのを感じた。倒れるわけにはいかない。せめて、送り出した彼らを出迎えねば。
 そうして画面から完全に目を離していた時だった。
『大将!』
「……薬研君?」
 映像は、戦場から本丸への一方通行となっている。音声も、わざと繋げなければ会話ができない。そうしたのは、私が動揺しやすいからだ。私の動揺で、彼らに危険が及んではならない。
 そんな一方通行の画面の向こうで、薬研君がこちらとの通話の手順を踏まずに笑っていた。
『新しい刀を見つけた』
 帰ったら顕現してくれ。それだけ言うと、薬研君は部隊に帰還の合図をした。

 第一部隊が出陣先から門へと帰ってくる。私はバタバタと走り、門へと急いだ。秋田君は私の手を握って、私を導くように走ってくれている。流石は私の初鍛刀、私の懐刀。私の全てを見た刀だ。
 門に着くと第一部隊の為に門を開く。大袈裟な程に大きな門がゆっくりと開き、軽傷を負った彼らが立っていた。大将、と薬研君が名も知らぬ太刀を手に笑う。
「ただいま戻ったぜ」
「おかえりなさい」
 皆さんが折れなくて良かった。そう伝えると、三日月さんに頭を撫でられた。疲れているだろうにと見上げれば、にこりと笑う美しい刀。
「お前は相変わらず俺を見てくれないな」
「そんなことはないよ」
 笑いながら言う事かと思いながら呆れれば、獅子王君と石切丸さんが微笑ましそうに笑っているのが見える。蛍丸君はお迎えに来ていた愛染君に抱きついていて、加州君はとりあえず風呂ねと笑っていた。その中で、薬研君はぎゅっと太刀を持ったまま、じっと私達を見ていた。

 そうして皆にはお風呂に向かってもらい、私は秋田君と、ついでにお迎えに来ていた愛染君と共に太刀を顕現する準備を整えた。
 準備が整うと台に太刀を置き、すぅと息を吸い込む。ざわりと、脳内に湖が広がる。波打つ湖を静めるべく、呼吸をする。静かに、静かに。湖面は感情、波は起伏。スッと波が消えた。鏡面のような湖に、私は飛び込む。

 水面に叩きつけられる、水が痛い、泡が身体中にまとわりつく、息が出来ない、もがいても掴めるところは何もない。その中で目を開く、水が目に痛い。でも目を凝らし、私は薄暗い湖の中で輝く桜を掴んだ。

 ぶわり、現実で風が巻き起こる。頬に微かに当たる桜吹雪、光が放たれた。
「私は、一期一振。粟田口吉光の手による唯一の太刀です」
 藤四郎は私の弟達ですな。そう聴こえて、私は目を開く。青空のような髪、こちらをうつす金色の目。一期一振、彼の刀剣男士はそう名乗った。
「いち兄!」
 秋田君が思わずと言った様子で駆け寄る。私はポカンとして、涙ぐんだ秋田君と彼の背中を優しく撫でる一期さんを見る。そんな私の背中を愛染君がバシッと叩いた。
「やったな主さん!」
 ニッと笑った愛染君は嬉しそうで、そうだったと私は思い出した。一期さんは探していた刀だったと。
「一期さん、初めまして。私がこの本丸の審神者です」
 姿勢を正し、頭を下げる。戸惑い、慌てた様子の一期さんに、私は告げる。
「静かに眠っていたことでしょう。微睡みの中にいたことでしょう。人の都合で起こしてしまいすみません。しかし、どうか、共に歴史を守ってはくださいませんか」
 頭を下げたまま言えば、一期さんが戸惑う気配がする。秋田君が、主君と私を呼んだ。その優しい声に顔を上げれば、柔らかく微笑む秋田君と、困ったように笑う一期さんがいた。
「私は刀です。人の思いで宿った物です。こちらこそ、人の子を守れる機会を与えてくださりありがとうございます」
 そうして微笑むものだから、私の目からは涙が溢れる。嗚呼、この刀も加州さんと同じことを言うのか。
「ありがとうございます」
 そうして再び頭を下げてから、頭を上げた。迷いは消さねばならぬ。もう、私は一期さんを己の刀として見ねばならぬ。手の届かぬ神様ではない。己の刃だ。歴史を変えようとせんとする敵へと突きつける劔だ。
「よろしくね、一期さん」
 はいと目を細めた一期さんに、私は笑みを返した。

 さて、新たな刀には早めに教育係を付けるのが私の本丸のやり方だ。一期さんなら誰が良いだろう。藤四郎の弟達は皆して一期さんと会いたいだろうが、教育係となると兄弟故に不都合がありそうだ。ならば兄弟ではない関わりのある刀か、とすると誰だろう。
 考えていると、ひょこりと隣で赤い髪が揺れるのが見えた。それを見て思いつく。そうだ、別に知り合いじゃなくても本丸の仲間なら誰でもいいか。そう考えた上、教育係は早く決めてしまった方がうんと良いという何時もの決め事が重なった。なので。
「愛染君」
「なんだ?」
「一期さんの教育係を頼める?」
 私の言葉を聞いた愛染君は一度目を丸くしてから、ニッと笑って小さな胸を叩いた。
「任せろ主さん!」
 うわ推しが尊い。
 思わずよろめくとすぐに駆け寄ってくれた秋田君に支えられた。ありがとう流石は私の懐刀。
「あの?」
「主君のこれは発作だからいち兄は気にせず!愛染君、いち兄を頼みます!」
「任せろ!じゃあ、一期、まずは本丸案内だ!」
「は、はい。その、よろしくね、愛染君」
「呼び捨てでいいぜ!んじゃ、まずは部屋で内番着に着替えるかー。主さん、一期の部屋は?」
「うっ眩しい。部屋なら粟田口部屋……ってそのサイズだと二人部屋の方がいいかな?」
「弟達と同室で構いませんが……」
「そう?なら一応粟田口部屋で。でも鯰尾君達にも伝えたけど、いつでも部屋変えは受け付けるからね」
 現に、鯰尾君と骨喰君は粟田口部屋の隣の二人部屋である。夜遅くまでゲームがしたいとの要望は頭が痛かったが、獅子王君や大倶利伽羅君などが出入りするのを前から聞いていたので許可した迄である。
「じゃあ主君、戻りましょう!」
「うん、手を繋いでくれてありがとう秋田君」
「主君のためですからね!」
 そうして愛染君と一期さんと別れた私達は、執務室へと戻ったのだった。


………


「私が来た時はこの様な様子でしたね」
「そうか。俺が顕現した時と大分違わないか?」
「だって鶴丸は鍛刀だし、その当時最後の一振だったからな」
「気に食わん!」
「はっはっは良いではないか。俺の時は第一声が『最高レアが簡単に来るんじゃない!!』だったぞ?」
「三日月はそろそろ主に不満を述べればいいと思うが」
 さらりと鶯丸が言うと、三日月はそうだなと笑う。その目は笑っていない。鶴丸は三日月よりマシかと溜息を吐き、獅子王はあんま言うと三日月に訓練で叩き潰されるぞと呟いた。そして平安(一部のみ)のお茶会に何故若造の私がお邪魔しているのだろうと、一期は頭痛を覚えながら茶を飲んだのだった。

- ナノ -