04:先生は語る

徳田秋声視点


 僕を転生したのはまだ幼い少女だった。
 目を開いて、初めて見たのは茶色の目を無機質に開いて僕を見つめる少女。まだ幼い、だけどどこか不自然に細身のその子は僕が地に足をつけると、初めまして徳田秋声先生、と僕を呼んで手を差し出した。握手を求めているのか。僕は戸惑いを覚えながらそれに応える。少女の手は細く、肉付きが悪く、とても健康的には思えなかった。
 彼女がアルケミストであることを確認し、その異常さに眉を寄せる。まだ年端もいかない少女に図書館一つを任せるなど正気の沙汰ではないだろう。
 僕を置いてどこかへ行った彼女に、どうすることもできなくて、図書館の本を読む。本を読めば時間はあっという間に過ぎて、アルケミストたる彼女が声をかけてくるまでずっと本を読み続けていた。
 勝手に頼んだというラーメンを食べて、また彼女は消えた。しばらくは本を読んでいたが、日が暮れたので彼女を探して図書館をうろついた。アルケミストなら司書室にいるのではと司書室を探し出して扉を開けば、カリカリと万年筆の音と紙をめくる音だけが響いていた。ねえ、そう声をかければ書類に向かっていたらしい彼女は部屋に案内するわと立ち上がった。
 僕の部屋は質素ながら清潔そうで好感を覚えたが、先程の光景といい、雑用もこなす姿といい、本当に幼い彼女が図書館を動かしているのかと心配になった。
 案内した彼女はまた仕事に戻るという。しかしもう夜も遅い。子供は寝るものだと言えば、彼女は無表情から、不審そうな複雑そうな顔になった。

「そうだとしても、貴方には関係ないわ」

 淡々とした声で言い放った彼女に、僕は目を見開く。拒絶だった。
 すぐにおやすみなさいと僕の前から立ち去った彼女に、僕は何かまずいことをしたのだと分かった。好かれたいと思っていた訳ではないのに、何故か心がざわついて、不快だった。

 その日の夜、目を閉じると何かざわざわと心が落ち着かず、僕は一睡も出来ぬまま朝を迎えた。

 朝、窓から中庭を見る。あまり植物のない庭、手入れが行き届いていない中に、少しだけ手入れされたらしい場所を見つけた。窓からはよく見えないが、其処だけはアルケミストの彼女が手入れしているのだろう。気になって部屋を出ると、朝食の匂いが漂っていた。誰が作っているのか、それはこの図書館に人気がの無いのを見る限り、答えは一つだ。
 急いで食堂へと向かえば、台所で大人用の調理器具に苦戦しながら朝食を作る彼女がいた。幼い手で包丁を握り、フライパンの柄を持つ。
「おはよう……何してるのさ」
「おはよう。調理よ」
 すぐに返された言葉に、思わず何も言えなくなる。明らかに料理慣れしていない手つきは危なっかしく、何より左手に赤くなっている箇所を見つけた。タイミングを計って彼女の手を掴む。戸惑う彼女に、火傷してるじゃないかと伝えれば、本当ねと今更気がついたらしい反応が返ってきた。手当てをすれば、ありがとう、と素直にお礼を言われた。その反応に少し気が大きなって、僕は言った。
「次からは僕が料理を作るから」
「出来るの?」
「きみよりは手際良く出来るさ」
 本当かしらと訝しげに見られて、僕はそれぐらいとムッとした。
「きみは子供なんだから、大人を頼ればいいんだ」
 そう言えば、彼女はまた不審そうな、複雑そうな顔をした。

 そして朝食を食べた後、僕は彼女の仕事を見ることにした。司書室について行けば、好きに過ごせはいいのにと彼女は不審そうにぼやいた。
 司書室で書類仕事をする彼女の手は調理中の手つきとは全く違って、テキパキと素早く動く。しばらく見守っていると、これぐらいは出来るわと彼女は顔を上げずに言った。
「特務司書として充分に働けるはずよ」
 彼女はそうして顔を上げた。その瞬間、茶色の髪がふわりと浮かび上がり、桃色の目が輝いた気がした。花弁が舞い上がり、強い花の香が鼻腔をくすぐる。これは何の花だろう。嗅いだことないその匂いの向こう、彼女の背後に美しい女性が見えた。
 はっとして瞬きをすれば、その幻想は消え去っていて、残るのは細身の幼い少女と、その手におさまる大人用の万年筆。如何かしたのと言った彼女には幻想など見えなかったらしく、どこまでも不思議そうで、不審そうだった。
「何でもない」
 ただ、彼女の背後に見えた女性が、彼女を守る姉のように見えて、一人きりの少女ではないのだと少しばかり安堵した。それだけだった。

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