プロローグa

 優しい光の中。誰かが笑ってる。笑いかけてくれている。誰なのかは分からない。ただ、やっと再会した三つ子の妹と弟と引き離されたショックで夢を見ているようだ。唯一の肉親、両親の顔なんて覚えていない。ただ、やっと出会えた家族が、何より愛おしかった。なのに、なのに誰かが私を家族のいる世界から引き離した。
 目を覚ます。デスクの前で私は居眠りをしていたかと眠気覚ましのコーヒーを飲んだ。とっくに冷めていて、さらにどろっとした黒い物体は私の年齢からすると飲むことが褒められたものではないだろう。それでも適性があったお陰で成れた特務司書。食べて生き延びるための仕事とはいえ、この小さな国定図書館を任された以上、やるべき仕事はきちんとこなしたいし、研究も進めねばならない。
 明日は研究の手がかりとなるように文豪を初めて転生させる。万全を期すために、私は今日のうちに仕事を出来るだけ片付けたかった。
 それにしても、と私は夢で見た誰かを思い出す。優しい声、ふしくれだった男の手で頭を撫でられた。私の知る男性といえば、私を引き取った前社長の部下である研究者ばかりで、頭を撫でられたことはない。でも、やけにリアルに男性に頭を撫でられた気がした。そして何より、その人は笑っていた。優しく、穏やかに、私の目を見て、まるで家族を見るように笑っていた。
「夢、なんて」
 たかが夢、されど夢。だけれど、特にこの夢は意味を持たないだろう。私はそう決めつけて、ざわつく胸を無視し、書類仕事へと戻った。

 外は初夏。春の名残を感じる爽やかな風が司書室のカーテンを揺らし、穏やかな日差しが私の腰まである茶色のフワフワとした髪と真っ白な白衣を照らした。最後に見た向こうの世界は冬の寒い日だったな、そんな事を考えながら、私は筆を進めたのだった。

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