【夢主視点】


「それでは徳田さん、お願いします」
 僕は徳田さんを見上げ、徳田さんは分かったよと難しい顔をして頷いた。

 有魂書への潜書。一人を送り込み、一人の魂と器という概念を生成する。四人に有碍書に潜書してもらった時よりアルケミストとしての力の消費は少ないものの、昨日の僕の顔色が悪かったのだとこの図書館でたった一人だけ気がついたのだと早朝の話し合いで教えてくれた徳田さんのことだ、まだ休むべきだとも迷っているのだろう。でも戦力を増やすことは悪いことばかりではない。だから僕はにこりと笑って徳田さんに、お願いしますと念を押した。分かったよ、徳田さんはそう言うと、有魂書の前に立った。

 僕もまた有魂書の前に立つ。そしてそっと手をかざし、一気に力を送り込むと徳田さんは有魂書へと潜書した。
「いつ見てもアルケミストの力って不思議だな」
 僕らの後ろで、僕らの行動を見守っていた太宰さんに、そうかもしれませんねと僕は額の汗を拭いながら言った。やはり本調子ではない。今日は有碍書への潜書をしないと決めて良かったと感じていると、大丈夫かと太宰さんが僕の顔を覗き込んだ。その近さに思わず退き、大丈夫ですと早口で言ってしまった。しかしあまり顔が近いと困るのだ。具体的にはコンタクトをしているのがバレるのがまずい。
 太宰さんは驚き退いた僕に、不思議そうにしていたけれど、特に傷付いたりした様子はなかった。太宰さんは繊細なところがあるみたいだから、不安にさせなくて良かったとホッとした。

 しばらくして、有魂書が輝きだす。そろそろだと僕は有魂書に手をかざした。ふっと力を込めれば、浮かび上がる徳田さんと、新たな文士。
 キラキラと光が輝く中、フードを被り、どこか猫背気味に立っていた彼はそっと背を伸ばして僕を見た。その目を僕はじっと見る。彼はどこかほっとしたように呟いた。
「そう、俺が必要とされているのか。好きに動いていいなら、協力するよ」
 俺は小林多喜二。そう自己紹介してくれた小林さんに、僕は手を差し伸べる。
「僕はこの図書館の特務司書(アルケミスト)の杏です。よろしくお願いします、小林さん」
 そうして手を握ってくれた小林さんの手を握り返して握手をすれば、小林さんは何かに気がついたようにハッとして、僕を見つめていた。
 その一方で僕は、嗚呼、この人は気がついたのかと、どこか他人事のように苦笑したのだった。
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